第5話 見えない何かを……

 少し冷たい夜風が吹く中、今日も天河は1人、夜の住宅街を走り去る。


 今日は、本来部活のある日であったわけだが、急遽顧問の小田牧が女子バスケ部に体育館の使用権を譲ってしまったために仕方なく彼は、普段全くしない夜のランニングをしているわけだった。



 ──扇野原学院附属……か。



 ふと、彼は目の前の信号が赤に変わったのを確認してからその場で足踏みを始めて、今日あった事を思い出していた。






          *



「初戦が扇野原? あそこ程の学校なら、一回戦はシード校で免除されるはずじゃ……」


 すると、小田牧は大きくため息を吐きながら、腕を組んで言った。


「……まぁ、本来はな。けど今年は、例年と少しだけやり方を変えるらしくてな。シードは無しになった」




「そんな……」


 天河が、暗い顔でそう言うと、小田牧は立ち上がって、そんな彼の肩を優しく叩き言うのだった。


「……まぁ、プラスに考えろ。どちらにせよ。全国を目指すのならいずれは戦わなければならないんだ。早いか遅いかの違いさ」



「……」


 そうして、小田牧は自分のバッグからこっそりタバコの箱を取り出してから、職員室から出て行こうと、ドアの前まで歩いて行った。

 ──しかし彼女が、廊下へ出て行こうとした瞬間、ピタッとその足が止まった。


「そういえば、言い忘れてたよ。……天河!」


「……なんですか?」







「……すまんが、今日の部活は無しだ。他の部員達にも伝えておいてくれ。……少ししたら帰りの学活を始めるから、すぐに教室へ戻るんだぞ」


「それじゃ」と言って、小田牧はその場から逃げるように立ち去った。

 天河は困った顔で小田牧を呼び止めようとしたが、彼女は一才後ろを振り返る事なくそのまま行ってしまった。





 ──後になって、同じクラスの女子バスケ部の友人から「ありがとう」と感謝をされた。どうやら、今日の練習は小田牧が自分から女子バスケ部の顧問に体育館の使用権を譲ったからなくなったらしい。


 天河は、それを知った途端に居ても立っても居られなくなり、学校が終わった途端に筋トレを始め、そして……。












      現在に至るのである。






 ――クソ……。





 信号が青になり、走り出す天河。大きな道路に出ると、車達の進行方向とは逆に向かって彼はランニングを続けた。




 ――確かに、俺は今まで先生に迷惑だってかけてきたと思うよ。けど……。





 彼は、もう沸き上がる感情を抑えられなくなって、ボクシングなんてした事もないのに、体が勝手に前へ前へと拳を突き出しまくっていた。




 ――クソッ……クソォ……クソォォォォ!!




 そうして、彼は家に帰るまでの間に何度も何度も虚空に向かって拳を撃ち込み続けた。





 それは、まさに地位も名誉も仲間も……支えてくれる人も、全てを失った今の彼そのものを映し出しているようなそんな光景だった……。

















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