第6話 好意、すれ違い②
店を出てからも三人で並んで歩きつつ互いの近況などを話すうち、ピュイが里の者の口利きで竜用の装具を作る工房で働いているのを知った。
「仕事きつい?」
「うん、でも親方いい人だし、僕ものづくり好きだから」
そういえばピュイは里でも機織りが得意だった。機織りは里では女性が主に行う仕事だったから、里の者たちは彼が女性を選択すると思っていたのではないだろうか。
「ナナヤ喫茶店で働いてんだよ」
「おいやめろ」
リーニュの密告にナナヤが怒るが、ピュイはさして驚いた様子もなく「そうなんだ」と口にした。
「ナナヤはそういうの、似合うよね」
いい子か。
なんだかつまらない。
優しいのはピュイのいいところだけれど、自分だったら自分をいじめていた奴の恥ずかしい部分は指さして笑って思う存分辱めてやりたい気持ちになる。
ピュイと別れてしばらく歩くと、ナナヤも「じゃあここで」と言って別れようとしたが、ふとリーニュの顔を見て「あのさ」と口を開く。
それからしばらくためらうように視線をさまよわせ、リーニュが焦れて「何?」と問うたところで意を決したように彼女は言った。
「―― カリャサが起きた」
それからのことはあまりよく覚えていない。
いつの間にか筆記試験は終わっていて、どんな問題が出たかも覚えていない。一か月後に結果が出て、それに受かっていれば二次試験を受けることができる。
「リーニュ、いつまでここにいるの?」
昼間、テクの寝台に寝転がって本を読んでいると、これから仕事に向かうらしいトキが着替えながら聞いてきた。
「邪魔?」
「違うけど、いつまでいるかなと思って」
「下宿が見つかんなくて」
「ここいらは下宿少ないと思うよ」
弟とはいえ女性が着替えているそばで平然とテクが言った。
「いいじゃん、リーニュは俺と一緒に寝れば」
「明日探してくる」
隙あらばじゃれついてこようとする兄の手から逃れつつリーニュは起き上がった。「どっか行くの?」という兄の声に「散歩」と答えて外に出る。
都はいつも里にはない賑わいを見せている。昨日この道ですれ違った人と、今日また同じ道ですれ違うことはきっとないだろうと思わされるような人の多さである。
『―― カリャサが起きた』
無事ということだ。大人になれたということだ。
幼馴染として、友人として喜ぶべきことなのに素直によかったと思えない。
ピュイは背が伸びて、声が変わった。ナナヤも、リーニュが気づかないだけでどこかしら変わっているのかもしれない。
リーニュ自身、子どもの頃とは全然違っているのは自分がよくわかっていた。
考え事をしながらふらふら歩いていたせいか、通行人とぶつかってしまう。とっさに謝って顔を上げると、そこには知った顔がある。
「―― リーニュ?」
向こうから先に声をかけられ、リーニュは「ロイセ、久しぶり」と返した。
「もしかして先生のお使いかなんか?」
たずねるとロイセは「一緒に来たんだ」と口にした。
「薬の勉強にね。今は薬の素材を受け取りに来てて、受け渡しまでちょっと待ってるとこ。リーニュは? 試験はもう受けたんだっけ?」
「最初の筆記試験が終わったところだよ。合否が来て受かってたら二次に進める」
「手ごたえは?」
「うーん……」
曖昧に返しつつ、リーニュはロイセと二人で大通りを歩く。
「ピュイ元気?」
「うん。この前会ったけど、仕事楽しいみたい」
ロイセはそっか、と呟くと続けて「ナナヤは?」と聞いてきた。
「試験勉強しながら喫茶店で働いてるよ」
「喫茶店?」
リーニュが教えるとロイセはおかしそうに口元を手で覆った。
「なにそれ、本当?」
「あ」
今から冷やかしに行ってみる? と話していたところへ、ちょうど目の前の角を曲がってきたピュイと顔を合わせる。
「ロイセ、久しぶり、元気だった?」
友人の顔を見るなりピュイはあからさまに嬉しそうな声を出した。つい先日リーニュやナナヤと会った時の何倍も嬉しそうだが、それもそうで、ロイセとピュイは里の中でも一番仲が良く、親友と言ってもいい間柄である。
体も大きく力も強いナナヤに反抗できない者が多い中、ロイセはきっぱり言い返すことのできる数少ない存在だった。
ピュイは片手に肉や野菜の挟まったパンを持っていた。「休憩中?」とリーニュが問うと、ピュイは頷く。
「これ食べたらすぐ戻らないとなんだけど、でもちょっとだけ、三人で話さない?」
彼がこういうことを言うのはかなり珍しい気がして、リーニュが頷くとロイセももちろんだと賛成した。
都の西端にある広場には、水遊びをする子ども、日向ぼっこをする老人がちらほらと見える。
「ピュイは羽化してから背がけっこう伸びたよね」
先日リーニュが指摘したことと同じことをロイセが言って、ピュイはまた嬉しそうに笑った。
「まだ膝痛むんだよね?」
リーニュが聞くと、ピュイは「うん、でも少しましになった」と言った。そしてふと、リーニュの足元に視線を動かす。
「リーニュの靴、だいぶくたびれてるね」
「トキのおさがり」
里から履いてきた靴はもともと少し窮屈だったが、最近になって親指が痛むようになったのでトキの履いていない靴を貰ったのだ。
「あとで修理しようか」
「いいの?」
「道具はあるし、端切れ使えば綺麗になると思う」
ピュイの目はリーニュに対する善意というよりは、わくわくとした色に輝いている。
「―― あれ? ロイセじゃん」
と、そこでふいに聞こえた声にピュイの顔から楽しげな表情が消えた。ナナヤは休憩時間なのか、喫茶店の裏口から出てきてリーニュたちの方へ歩いてきた。ナナヤは珍しく髪を後ろでくくっていた。
「よう、久しぶり」
「ほんとに喫茶店で働いてる」
しばらくぶりに再会した幼馴染と会話しはじめた親友を横目に、ピュイは「僕、そろそろ行くよ」と言っておもむろに立ち上がった。
「リーニュどうする? 靴、今取り掛かったら明日には渡せるけど」
「…… あ、うん」
なんとなく急いでこの場を去ろうとするピュイに「じゃあ」と答えてついていく。後ろからナナヤが「もう行くのかよ」などと文句を言ってくるがピュイは逃げるように広場を去った。
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