エピローグ

 ……気付いたら見慣れた街にいた。東狂都墨堕すみだ区。無駄に高い電波塔が屹立し、広い川が能天気にさらさら流れている。パートシュクレ拠点が存在する街を人の流れに逆らって歩いてゆく。パートシュクレの拠点は墨堕区の片隅にある教会に偽装した建物だ。数年前まで東京を中心に大規模テロを繰り返していた宗教団体・アクトダフェ清浄教会の総本部を大幅にリフォームして拠点に魔改造された。アクトダフェの教祖が生きていたらどんな顔をしただろうか……想像しようとして、やめる。とにかく歩き出すと、道の向こうに小さな姿が見えた。


「あー! 大和くん、そんなところで何してるにゃん?」

 小柄な少女が大きく手を振っている。頭の上でカチューシャの猫耳がぴこぴこ揺れて、初春の風に薄桃色のロングカーディガンがなびく。……MDC常務、八坂やつさかカノン。無警戒に駆け寄ってくる彼女を見て、思わず身構えてしまう。

「……何故いる」

殺幌さっぽろの方の協力者にゃんとパンケーキ食べてきた帰りにゃん! あ、写真見るにゃん?」

「それはいい。……というか、さっさとお前たちの拠点に帰れ。万一他の社員に見られたらどうする。俺とお前は敵同士だぞ」

「そ、それはそうにゃんけど……情報引き出してたって言えば何とかなるにゃん!」

「ならないだろ……用がないならもう行くぞ」

「あぁっ、ちょっと待つにゃん!」

 歩き出そうとする大和をカノンが引き留める。何となく拒絶しきれずに振り返ると、カノンは大きな瞳をきらんっと輝かせた。


「大和くん、なんか前より雰囲気変わったにゃん?」

「……は?」

「ちょっと目に光が増えた気がするにゃん!」

 大きな両目を指さされ、満面の笑みを浮かべられる。……はっとした。今までの自分はそんなに目に光がなかったのか。確かに、あの迷宮に挑む前より世界がはっきり見えるような気もする。

「なんか知らないけどよかったにゃん。大和くんにも色々あったのにゃんねー」

「……ああ、色々あった」

 二択迷宮で繰り広げられたことを思い返す。次々と降りかかる試練と残酷な選択肢に散々苦しめられた。だが、そこから得たものも確かにある。

「八坂。……俺はパートシュクレを抜けるつもりはない。今のところはな」

「にゃ……?」

「俺はこれ以上後悔したくない。だから、これからは後悔しない選択をする。その結果お前たちMDCと刃を交えることになっても恨むなよ」

「恨まないにゃんっ! 君がそれを望んだのなら常務にゃんはそれを否定しないにゃん。そのうえで正面から受け止めるにゃん! 手加減はしないにゃんっ!」

「ああ。望むところだ」

 頷き、小さく微笑む。……そんなことができるとは思っていない。あの大神タルトがそんなことを許すとは思っていない。だが、できる限りのことはするつもりだ。そんな目をした大和を満足げに眺め、カノンは春の日差しのように眩しい笑顔を見せた。

「にゃはっ、常務にゃんは君を応援するにゃん。場合によっては塩でも砂糖でもクエン酸でも送るにゃんっ!」

「……クエン酸?」

「それじゃあまた会おうにゃん! 次会う時は敵対しないことを祈るにゃー!」

 大きく手を振りながらカノンが後ろ歩きで遠ざかってゆく。しれっと後ろを見ずに電柱を避けている辺りが彼女らしい。パン屋の角を曲がるカノンを見送り、大和はパートシュクレの拠点へと歩き出した。

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神官の懐刀、悪魔の迷宮にて 東美桜 @Aspel-Girl

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