『四人』――過去と後悔と変えられるもの
――そして、再び別の場所に転送される。周囲に蛍光灯に似た光が満ちているのがわかり、顔を上げると週刊誌や漫画雑誌が並ぶ棚の横に広い飲食スペースが見えた。すぐ傍の窓の向こうに目を向けると、見渡す限り深夜の田園風景が広がっている。レジの方向を視線だけで見やると、金髪と着崩した制服の若い男が週刊誌を読んで爆笑していた。姿勢を見る限りわざわざレジに椅子まで持ち込んでいるらしい。軽く肩をすくめていると、ふと手の中でチップが震えた。
「……あー、えっと、そのうちデーモンが出るんでソイツぶっ倒してください……たぶん見ればわかる見た目してるんで……。あー、気まず……」
お前が言うな。そう言いたいのを堪え、大和は沈黙したチップを胸ポケットに放り込んでレジの方を向く……と、自動ドアが開く電子音がして、深夜の冷たい風が吹き込んできた。
「……あ?」
ガラの悪そうな店員が客の方を見て眉を顰める。大和が視線だけを動かし、入ってきた黒ずくめの青年を見やる。小さくやせ細った身体をジャージとマスクと野球帽で隠し、手には大きな出刃包丁を携えている。彼は入り口で一度立ち止まったと思ったら、ガラの悪い店員に包丁を突き付けた。
「か、か……金を出せ!」
「……はぁ? お前、新手の迷惑系動画投稿者ってやつか?」
「う、うるさいッ! とにかく金だ! 今あるかね、全部出せえぇ!」
「なんだこいつ。ガタガタ震えてるだけじゃねーか」
目を血走らせ、情けない声で絶叫する青年。妙な巻き舌をしながらパイプ椅子を蹴って立ち上がる店員。いよいよ見かねて大和は二人の間に割って入った。
「お前たち、そこまでにしろ」
「あぁ!? なんだテメェ、横からポッと出て舐め腐った口聞いてんじゃねーよクズの味噌漬けェ!」
「味噌漬け? ……まぁいい。お前は一体何故強盗なんて仕掛けようと思ったんだ」
「おまえにはかんけいないだろぉ!!」
マスクを外し、泣き喚きながら包丁を振り回す青年。ただ無軌道に振り回しているだけのようだが、万一当たったりしたらそれなりにとんでもないことになるだろう。
「お前らにはわかんねぇよぉお! たった一人の肉親だったおばあちゃんが逝っちまって、学費払えなくなって大学辞めて落ちぶれたヤツの気持ちなんかぁああ!!」
「……ぶはははっ! それでゴートー仕掛けてんのかよ!? 天国のおばーちゃん泣くぞこの枝豆もやしの酢味噌和えェ!」
「おい、人の死を笑うな!」
パートシュクレは(大和とあと二名を除き)人の死を笑う奴らの集まりだということを棚に上げ、カウンターの青年を怒鳴りつける。しかし青年はカウンターを叩いて爆笑したままだ。背後のフライヤーに頭から放り込んで美味しいフライにしようか一瞬迷ったが、踏みとどまって大和は更に口を開こうとして――
「……もう嫌だああっ! 全員死んじまえばいいんだああ!!」
上ずった叫び声をあげながら、黒ずくめの青年が床を蹴った。まず手近な大和に狙いを定めて走り出す。ガラの悪い店員が慌ててバックヤードに駆け込んだ。大和はまず構えて青年が接近するのを待つと――彼の包丁が近づいたのを機にそれを蹴り上げる。
「あ……!」
包丁はコンビニの天井めがけて吹っ飛び、跳ね返ってお菓子売り場付近の床に落下した。派手な金属音を背後に大和は青年の胸倉を掴むと、そのまま投げ飛ばして両手を後ろ手に縛りあげる。
「ぐぁ……っ! 放せ、放せこのぉ!」
「ダメだ。犯した罪は罰を受けるべきだ。今回は未遂で済んだからよかったが、重罪を犯したまま逃げおおせると後悔するぞ。……警察への通報は110番で合っているか?」
「おう、110番だぜ味噌煮込みうどんン。だがなぁ、その前にソイツ貸せ」
「ひッ!」
黒い青年がびくりと震えて暴れ出す。反射的に振り返ると、先程の店員に加えて酒臭い若い男たちが数人立っていた。派手なアロハシャツや柄Tシャツに身を包み、それぞれ釘バットや鉄パイプを携えている。下卑た笑みを浮かべる男たちを睨み、大和は青年を隠すように立ち上がった。
「そいつは一応強盗だからなぁ、そんでこっちは仮にも商売だからなぁ。ちょっとは謝ってもらえないと困るわけよ味噌カツ定食ゥ。でもどう見てもすぐには謝んなさそうじゃねーかよ、そこの味噌ラーメンん。だからちょーっとわからせてやろうとしてんだよ美味しいお味噌汁ゥ!」
「お前は味噌に何の恨みがあるんだ! ……いや、そんなことより――」
どう見てもリンチしようとしている男たちから青年をかばった瞬間――またしても自動ドアが開いた。
「あーあー、近頃の若者はダメだねえ」
プラスチックの箱を叩くような音。その場にいた全員が一斉に振り向くと、その先には歪な人型が立っていた。妙に角ばった胴体をよれよれのジャージで包み、黒いプラスチック板のような顔部分には顔文字が描かれたシールが貼ってある。
「ひぃっ、なんですかこれ……!」
強盗未遂の青年が大和の背にしがみついて震えはじめる。……おそらくあの異形が倒すべきデーモンなのだろう。どんな手を使ってくるかわからない。強盗未遂の青年やガラの悪そうな男たちをかばいつつ警戒を強めると、異形はわざとらしく両腕を広げた。
「ずいぶんガラが悪そうだなあ。そこの君とか店員? ダメだよそんな不真面目な格好じゃ。おじさんの時代は金髪とかピアスとかやってる奴はどこにも雇ってもらえなかったんだよ? 幸せな時代に生まれてよかったねえ」
「あぁ? 舐めてんじゃねーぞこのハリボテマッシブ油味噌野郎! 叩いて味噌田楽にしてやろうかァ!?」
「味噌田楽? ……まぁいいや。そんな口悪いこと言うなんて、君たちの世代には年功序列って概念も無いのかな? 落ちぶれた暴走族にも序列はあったと思うけど? うん?」
「いや、今暴走族なんて時代じゃないんすけど……」
味噌店員の取り巻きの一人がぽつりと呟く。デーモンはやれやれ、とわざとらしく首を振り――よれよれのジャージを脱ぎ捨てた。咄嗟に召喚したライオットシールドでこちら側一同を守ろうとしたが……何も飛んでくる様子はない。
「……?」
シールドの窓からデーモンの様子を覗き込むと、胴体部分の棚に並んだ十二本のプラスチックの箱が映った。大和にしがみついて震えていた青年が恐る恐る顔を上げる。
「……? な、なんですかあれ……爆発物……?」
「どう見ても違うだろ。というか大人しくしていろ」
「マジでなんだあれ……」
「あれれー、君たちビデオテープも知らないの? 教養がないんだねぇ。まぁそんな見た目してる連中や強盗なんてする連中や、娯楽なんてものを馬鹿にしてお固いお勉強しかしてこなかった連中はダメだねぇ。社会勉強大事だよ? 社会に出てからやっていけなくなっちゃうよ?」
「なんだとこの味噌焼きおにぎりィ!!」
味噌店員が鉄バット片手にデーモンに殴りかかる。対し、デーモンは軽く眉を跳ね上げて――ビデオテープを投げつけた。咄嗟に身体を反らして回避する味噌店員を見下ろし、デーモンは意地悪げな笑みを浮かべた。
「あーあ、昔は良かったんだけどさぁ。これ使って色んな悪いことができたのに。なのに今じゃこれもお役御免になっちゃって? 若者ってみんなそう。新しいものにすぐ飛びつくくせに、去年流行った一発屋芸人のことも覚えてないじゃん。そんなだからおじさんの力が廃れるんだよ。全部全部君たち、若者のせい」
困ったように頭を振るデーモン。その言葉から推測するに、今は文字通り何もできないということだろう。縋ることしか能のない過去の遺物の、成れの果て。
「……お前たち。下がっていろ」
「え……?」
「こいつは俺がどうにかする。そこで動くな」
振り返らないまま、威圧を込めた声でそう指示する。下手に動き回られるのも困るし、目を離したすきにリンチが始まるともっと困る。指を鳴らし、虚空から落ちてきた棒状の武器を掴み取る。
「うん? なにそれ。新手のゲバ棒?」
「特殊警棒だ。下手に銃や刃物を使って商品に損害が出ても、俺は責任を取れないだろうからな」
「うわぁ、優等生の回答だねぇ……。虫唾が走るからやめてほしいなぁ。さぞお花畑みたいな環境でよちよちされて育ったんだろうねぇ、これだからゆとりは嫌いなんだ」
緩慢な仕草で投げられたビデオテープを正面から撃ち返す。その角がこめかみに命中し、プラスチック製の身体が大きく仰け反った。商品棚に倒れ込む寸前、その腰のあたりに特殊警棒を召喚して一気に引き伸ばす。
「ぐぇっ!?」
腰部を砕かれて前のめりに倒れ込むデーモンの隙を狙い、ライオットシールドとワイヤーを召喚する。胸部の棚を塞ぐようにシールドを押しつけると、ワイヤーを触れずに器用に操って捕縛してしまう。釣り上げられた魚のようにびちびちと暴れるデーモンを見下ろし、小さく息を吐いた。
「過去に縋ったところで、周囲を呪ったところで、明日が変わるわけではないだろう」
デストリエルの神官は語った。他人を変えるのはデストリエルのしもべにしかできないが、自分を変えるのはそこらの有象無象でもできる。
MDCの常務は語った。過去はどう足掻いても変わらない。だからせめて未来を変えよう。変えようと行動しなければ何も変わらないんだ。
ビデオテープは未来を映さない。過去を繰り返し映し出すだけ。そんな生き方はもう御免だ、と大和はミノムシ状に捕縛したデーモンを担ぎあげた。へたり込む青年や味噌店員たちを振り返り、言い放つ。
「……こいつは外で処理してくる。くれぐれも馬鹿な真似はするなよ」
「あ……あの、その、ありがとう……ございます……?」
「礼を言われるようなことはしていない。……この後警察がくるだろう。何か問われたら洗いざらい正直に話すことだ。あとで後悔しないように、な」
それだけ告げてコンビニの店内を出る。自動ドアが開く音と退店を示すベルが向き室に響き渡った。
……そのあと、店内にいた青年と味噌店員たちは奇妙な光景を見たという。
デーモンが倒れるプラスチック質の音がしたあと、金色の光が深夜のコンビニ前で光った。そして聞き覚えのない異質な声がした、と。
――じゃ、これでアンタの願いはかなうってわけで……お疲れさまっした。せいぜい悔いのないように生きることですね。そんでアンタの選択が酷い形で叶わないように祈ればいいんじゃないですか――
「……なんだったんだ、あれは」
「わけわかんねえ……まるっきり味噌カレー牛乳ラーメンじゃねえか……」
そんなことを呟いているうちに警察が到着し、その場にいた者たちはそれぞれ強盗未遂と暴行未遂で逮捕された。しかしその場には既に軍服の青年はおらず、デーモンに至っては監視カメラにすら映っていなかったそうだ。
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