『重火器』――厄災と言い訳と最悪の二択
扉を開けると、最初の頃に通ったような真っ白な部屋が現れた。その真ん中にもまた机があるが……その上に乗ったものを見て、大和は思わず一歩後ずさる。……明らかに異様な雰囲気だ。どう見てもただのナイフと銃だというのに、近づくこともままならないほどのプレッシャーを放っている。
「……なんだ、これは」
「呪われた武器、ですね……えと、どっちかの厄災を受けてもらう、んですけど」
チップはそこで一旦言葉を切った。……大和の脳裏をちりちりとした違和感が焼く。それ以上聞いてはならないと言わんばかりの警鐘が脳裏を打ちつける。……だが、大和はチップを握りしめて脳裏の警鐘をかき消した。ここは悪魔の迷宮。その程度のこと、とうに覚悟はできている。大和の険しい視線を受け、チップの表面に描かれた口がボソボソと選択を突きつける。
「ナイフの方は……挑戦者さんとその大事な人の身体のどこかに斬撃を受けます。それで……銃の方は挑戦者さんが知らない人間四人に、その、命中した状態で実体化します」
「……は?」
唐突な宣告。ひゅっと喉が詰まって言葉が出ない。首筋に氷を押し付けられたように体温が急激に下がっていく。呆然とチップを見下ろしながらも、脳みそだけは能天気に状況を把握しようと高速で回り始める。
ナイフを選ぶと大和と大切な人の計二名が傷つく。どの程度の傷かはわからないが、今までの選択肢から推測して生易しい傷を負わせるとは思えない。そして自分はともかく、大切な人を傷つけるとなると……
(……ッ、だめだ)
もしそれが大神タルトだったなら。彼はただでさえ余命がほとんどない。ここで止めを刺してしまうことは決して許されない大罪だろう。それに彼は紛れもなく大和を助けてくれたのだ。事件のあと罪の意識に苛まれ苦しんでいた大和に、曲がりなりにも道を示してくれた。その恩を仇で返すような真似は絶対にしたくない。
もしそれがMDCの常務だったなら。彼女を傷つけた犯人が自分だと知れたら、あのじゃじゃ馬集団MDCは何をしでかすかわからない。下手すると組織にまで手を出されるかもしれない。……何より彼女を傷つけることは絶対に避けたかった。
『君は本当に、君の意思で組織に……大神タルトに従ってるにゃん? ほんとうにやりたくてやってるのにゃ?』
突きつけられた問いを思い出す。……殺人を罪だと定義しているなら、大神タルトに従い殺人斡旋組織の副官として動いていることは罪を重ねていると言わないか、なんて。それは絶対に答えを出さなければならない問いだ。そうする前に傷つけてしまえば……その問いから一生逃げ続けてしまいかねなかった。
チップの口がニタニタと笑みの形に歪む。気が散ってひっくり返すと、今度は愉快そうに細められた目が現れた。どちらにしろ気が散るためチップを握り込んで視界から消し、思考を続ける。
銃を選ぶと大和の知らない四人が傷つく。そちらは単純だ。罪のない人を傷つけてしまう……すなわち、罪を重ねることになる。そんな話が許されるはずがない。いや、大和自身が許せない。
即ちこれは――罪を重ねるか、大切な人を裏切るか。そんな、最悪の二択だ。
「えらい悩んでますねー……」
「チップ、口を挟むな。気が散る」
「随分ややこしい人ですねぇ……変に真面目な振りしないで正直になってもいいんですよ?」
「チップ、少し黙れ。考えがまとまらないだろう」
「まとめるために言ってるんですよぉ……」
唐突にチップの口調が変わった。猫なで声が耳に絡みつき、背筋に不快な悪寒が走る。こいつは悪魔なんだ。耳を貸してはならない。そう思いながらも、コインの悪魔は止まらない。
「とっくに罪に汚れてんなら、これ以上罪を犯しても誤差じゃないんですか?」
――うるさい
「こういうのはサクッと決めた方がのちのち楽ですよー」
――黙れ
「それにほら……大切な人は一人しか死なない。なら、生き残った方に従ってみるのもいいんじゃないですか? 人生最大のババ抜き、なーんてね?」
「……黙れと、言ってる」
呟き、チップを遠くに放り投げる。高い金属音を立てて落下したチップは、どこか不満そうな雰囲気を醸し出しながらも黙り込んだ。……これで邪魔者は一旦いなくなった。ナイフと銃を見比べ、罪と恩を天秤にかけて。
(どちらを選んでもきっと後悔する……せめて、より身のためになる選択をしなければ)
これ以上罪を犯すわけにはいかない。
導いてくれた人を、新たな光をくれた人を裏切るわけにはいかない。
頭が割れそうに痛い。喉が引き攣る。寒くもないのに全身が震える。それでもどちらか答えを出さなければならない。強く目を瞑り、震える手で握りしめたのは――呪われた銃だった。
目を瞑ったまま引鉄を引く。不思議と手応えは無かったが、確かに銃弾を吐き出したように軽くなっていく。……やってしまった。選んでしまった。思わずへなへなとその場に座り込むと、手から落ちた銃がカシャンカシャンと音を立てる。大和の知り得ない誰かがどこかで傷つき、もしかすると命を落としているかもしれない。罪はない……とも限らないが、少なくとも恨みはない誰かが。
「……あーあ」
チップの声が部屋の隅から聞こえる。蛇のように耳に滑り込み、鼓膜を撫で回すような気色悪い声。
「随分と罪深いヒトですねぇ……こうしてまた、罪もない人を傷つけるわけですかぁ。こりゃ傑作傑作」
「……」
チップの声には反応しないまま、大和はゆらりと立ち上がる。ケタケタと笑うソレを拾うと、愉快そうに細められた瞳と目が合った。頬にじわりと脂汗が浮かぶ。これは目的のために必要な犠牲で――そんな思いが脳裏に沸き上がった瞬間、ねっとりしたチップの声が被せられた。
「そんな風に言い訳を塗り重ねて、これからも生きていくんでしょうねぇ」
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