『戦場』――重装と防戦と禁じられた一手
空爆の続く街並みを抜け、大きく息を吐く。辿り着いたのは球場跡地と思われる広場だった。アスリートや野球少年に踏みしめられ固められた土には草の一本も見当たらない。空爆を受けたのかへし折れたライトが球場を見下ろし、観客席には日に焼けて色褪せた椅子が並んでいる。……空爆は今も続いているようで、絶え間なく轟音が響いていた。長距離の行軍による疲労を軽減するように呼吸を整えながら、警戒は怠らないまま周囲を見回すと、真ん中に無造作に置かれた二丁の信号拳銃が視界に映る。警戒しながら歩み寄り、それらを見下ろしながらチップを取り出す。
「……照明弾と発煙弾、か。チップ、次の二択はこのどちらを選ぶか、でいいのか?」
「あ、はい……。えっと、どっちか銃口を空に向けて撃つと空爆が止んで、戦闘部隊が来ます……あの、照明弾を撃つとハイテクなステルス部隊が来て、発煙弾を撃つと正面から制圧するタイプのパワードアーマー部隊が来ます……んで、好きな方を選んでください……倒せたら先に進めますんで……」
一つ頷き、大和は改めて信号拳銃を見比べた。それぞれを相手取った場合の対処法を脳内でシミュレートしつつ、チップに問いかける。
「一応聞いておくが、話し合いの余地はあるか?」
「あ、それはないです。向こうも悪魔との契約でやってるんで……」
「そうか。なら、やることは一つだな」
躊躇いなく発煙弾の信号拳銃を掴み、大和はすっと立ち上がった。手の中でチップが表面に描かれた瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「……一応、聞いときますけど……なんでそっちにしたんですか……?」
「どちらにしろ面倒な敵のようだが、まだこちらの方がやりようはあると判断した。……隠れていろ」
再びチップを胸ポケットに隠し、信号拳銃の銃口を上空に向ける。頭をリセットするため深呼吸をして……躊躇なくその引鉄を引いた。
狼煙に似た音が球場に響き渡る。同時に思い足音を轟かせながら、球場跡の選手入場口と思われる扉から七人編成の部隊が飛び込んできた。重そうな装甲の黒いパワードアーマーに身を包み、大口径の機銃の銃口が大和に向けられる。
(あの大きさ、対戦車ライフルか……一発でも当たれば木っ端微塵になるだろう。なら、あの手を使わざるを得ないようだな)
七つの銃口が大和めがけて一斉に火を噴く。即座に飛び退りながら片腕を前に突き出し、多量の対戦車ライフルや金属製のライオットシールドを召喚して攻撃を相殺しながら走り出した。重い銃声が轟いてぶつかり合った銃弾が爆発を起こし、ライオットシールドが次々と貫かれて虚空を12.5ミリ弾が切り裂いてゆく。火薬くさい煙が大和とパワードアーマー部隊の間を遮るも、弾丸の嵐は正確に大和を狙ってくる。恐らく赤外線センサーか何かで追尾しているのだろう。
(……都合がいいな)
火薬の匂いに満ちた空気が銃撃の音で震える感覚。脳裏に蘇りかける記憶を押し込めながら次々と銃や盾を召喚する。感傷に浸っている暇はない。当たれば即死にならずとも重傷を負うのは確定だ。そしてチップが「まだ先へ進める」と供述した以上、ここで終わりなはずがない。負傷はできる限り避けたい。だが、あの重装部隊も悪魔と取引をした身。自分を倒す以外の選択肢を持たないなら、逃げれば確実に追ってくる。
「こっちだ!」
防戦一方のまま向かうのは――先程パワードアーマー部隊が入場してきた通路。煙幕のような爆発をものともせず、重装部隊は低い足音を立てながら大和を追尾する。
「……えと、そっちでいいんですか? 袋小路じゃないですか!? 一網打尽にされたらどうするんですか!? 私まで木っ端微塵の金属片になるんですけど!?」
「チップ、少し静かにしていろ。考えがある」
胸ポケットの中で大騒ぎするチップをなだめながら、後方から未だ放たれ続ける弾丸を増量したミサイル弾で相殺し、絶え間なく響く爆発音を物騒なBGMにして。そして狭い通路の扉を蹴り開くと、大和の両手に合わせて3個のグレネードが虚空から落ちてきた。
(組織では特殊な状況を除き禁止されていた武器だが……今なら気兼ねなく使える!)
グレネードを掴み、防御陣形を組むパワードアーマー部隊に狙いを定めて投擲する。
轟音。青白い光をあげてグレネードが炸裂し、大和は思わず目を細める。パワードアーマー部隊の方から電子回路が焼き切れる耳障りな音がしたかと思えば、派手な金属音を立てて瓦礫のように倒れ伏した。黒いアーマーのあちこちに青白い電撃が走り、その着用者たちが何か呻いている。
「くそったれが、なんで動かない……!」
「……パルスグレネード。電磁パルスを発生させ電子機器を駄目にする特殊爆弾だ。パワードアーマーを着用しているなら、その動作さえ停止させられればただの鉄塊にすぎない」
それは武器の製造と販売をシノギとする指定暴力団・
「備えあれば患いなしだな。……これで終わりだ」
伸ばした片手の上に携行型の
肩が外れるような衝撃とともに発射口が火を噴く。銃口からのぼる白煙に少し目を細めると、その向こうでミサイル弾が鉄塊に命中するのが見えた。耳を塞ぎたくなるほどの轟音が狭い通路に響き渡り、爆風が通路を叩き壊さんばかりに炸裂した。SSMを消し、新たに召喚したライオットシールドで身を守る。激しい風の音が耳を胸ポケットの中のチップが声をあげた。
「あっ、はい、これで撃破判定ってことで……! んじゃさっき信号拳銃置いてあったとこにシェルターが出てるはずなんで、さっさと行きましょ……!」
「ああ。……爆発が一段落したら向かおう」
ライオットシールドの向こうの様子を伺いながらそう応える。……胸元でチップがかすかに動き、くぐもった笑い声を立てた気がした。
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