第13話
「アタシにはお父さんがいないの・・・・・・」
それは秋の遠足における帰りのバスのなかだった。みんなが寝静まってから、わざわざ僕の隣にやってきて補助席を倒した。
「えっ、そうなの!」
噂には聞いていたが、やはりそのとおりだった。本人が言うのだから間違いない。
「うん」
いつか話そうと思っていたのかもしれない。それが楽しい遠足の後というタイミングの理由がよくわからなかったけれど、でもきっと、楽しい後だからこそ帰宅後に訪れるギャップに対して不安を感じたのかもしれない。
「どうしていないの?」
「ママと別れて・・・、“リコン”して出て行った」
「ああ、そうなんだ。なんでリコンしたの?」
「わからない・・・・・・、ケンカしてたから」
僕には、離婚というものの意味がよくわからなかった。子ども心としては、夫婦というのは一緒にいるのが当たり前だと思っていたし、わが家における父と母の仲の良さなんてものは知るよしもなかった。
「それで、何か困ることはあるの?」
「別にないんだけど、ママもちょっと調子が悪いときがあって、疲れているときなんかは機嫌の悪いこともあるの」
なんとなく理解はできた。片親で子育てをしながらお金を稼ぐっていうのはきっと大変なことだ。
「この間、バスケットの試合の途中で帰ったのは、ママを手伝うためよ」
ああ、そうだ。胸を触ったときだ。にわかに当時の想い出が蘇ってきた。そうかそういうことで、先に一人で着替えていたのか。僕を呼び止めたのはきっと淋しかったんだ。お母さんの手伝いっていうのはいったいなんだったのか。あくまで想像だけれど、中学生の娘に労働ってことはないだろうから、家の留守を預かるとか、軽く家事手伝いをするとか、そういうことだと思うのだが、結局家に帰っても独りでいるしかなかったのではないか。だからもうちょっとだけ、もう少しだけ誰かと一緒にいたかったのかもしれない。
「そう、なにかあったら僕に言ってね。それにしてもあのときはごめんね・・・。僕はちょっと嬉しかったけど・・・」
遠足の日としては薄曇りで、一日冴えなかったけれど、いまになってようやく西の空が明るくなってきた。なんかちょっとでも晴れやかなことが起こればいいなと思いつつ、バスはそろそろ嵐川町に着くようだった。
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