第12話
「また同じクラスになれたらいいね」なんてことを言いながら、お互い地元の同じ中学校に進学していった。当時の僕は、できたらもうちょっと長く一緒にいたいと思っていたし、むしろそうなることを信じて疑わなかった。そして、願いは叶った。もしかしたらこれが、後の運命を大きく左右するきっかけになったかもしれないのだが、中学一年のときも僕らは同じクラスになった。
早熟な子は、中学くらいになると次第に体が丸くなって胸が出てくる。僕は、図らずとも彼女の体つきの変化をときどき眺めていた。セーラー服姿でははっきりわからなかったけれど、体操着になるとよくわかる。ややキツくなってきたTシャツに、太ももが露わになった短パン姿を横から眺めることで、僕は自身の下半身に少しだけ熱いモノを感じていた。
中一の夏、残すところあと数日の夏休みと迫ったある日のことだった。僕は、技術家庭で出された工作物の課題をすっかり忘れていた。工具箱を持ち帰らなかったことが、忘れた原因のひとつだった。取りに行くしかなかったので、僕は自転車を走らせて学校に向かった。そして、誰もいないであろう教室に、そのままの勢いで突っ込んだ。そこには彼女が一人でいて、しかも何のためらいもなく・・・・・・、着替えていた。
「あっ!!」
小さな悲鳴が聞こえた。
「うわっ、ごめん・・・!」
ビックリしながらも彼女は、脱ごうとしていたTシャツをすばやく下ろした。僕は慌てて教室から出ようとしたが、後ろから「大丈夫、大丈夫、こっちこそゴメン。今日はクラブの練習試合で・・・・・・」
呼び止める声があったので、僕はすごすごともう一度教室のドアを開けた。
「ごめんごめん、ホントにごめん、技術家庭の宿題があって、それで忘れちゃっていて、とにかく工具を取りに来たんだ!」
僕は必死に謝りながら、突然現われた理由を、弁解とも言い訳ともつかないようの言葉で、しどろもどろに伝えた。
午後のまだ早い時間だった。日差しの差し込んだ教室はとても蒸し暑かった。だが、そればかりではないだろう、途端に変な汗がしたたってきた。ここでよそよそしくしては逆におかしい。僕にだって教室に来なければならない正当な理由があったのだ。そおっと教室の後ろに進み、ロッカーから工具箱を取り出した。
「アタシちょっと家で用事があるから、試合はまだ終わっていないけど先に帰るの・・・。部室は他の学校の生徒が使っていてね」
彼女は彼女で、教室で、しかも一人で着替えている理由を説明した。バスケット部の彼女は、一年だったけれど準レギュラーだった。中学校総体の終わったこの時期にも新人戦に向けての他流試合があったのだろう。
「そうなんだ。気をつけて」
別にもうこれ以上話すことはない。「じゃあ」と言って切り上げようとした、そのときだった。
「ああ、小竹!」
Tシャツに、下はセーラースカート姿の彼女が再度僕を呼び止めた。
「んっ、なに?」
「あっ、いやいい、何でもない」
何かを言いたかったのだろうけれど、はっきりしなかった。
「なんなのさ!」
僕は、ちょっとためらうような彼女の態度が気になった。着替えを見られたことにまだこだわっているのか。もしそうなら、また謝らなければならないのか。「誰にも言わない」とでも口止めさせたいのか。
ちょうど昼休みを終えるチャイムが鳴り出した。なんか、ものすごくそれが長く感じられた。そして鳴り終わるのを待ってから、彼女はおもむろに、「いや、なんていうか・・・、アタシたちってけっこう仲いいじゃん」と、僕が思っていたこととはぜんぜん関係ない話しをし出した。
何が言いたいのだろうか? でも、ここは逆らわないほうがいい。
「そうだね・・・、まあ、悪くはないね」
軽い同意を表わす無難な返答だと思った。
「男子と女子が仲いいと・・・、その・・・、することあんじゃん」
「・・・・・・」
さらに何が言いたいのかわからなくなった。
「アタシに・・・、したいことない・・・・・・?」
この後、どういうやり取りでそういうことになったのか、また、僕は結局どういうつもりでその行為に及んだのか、よくは覚えていないのだが、彼女の膨らみかけた胸の部分を・・・・・・ゆっくり・・・触らせてもらった。
彼女からしてみても、いきなりどうしてこんな欲求に駆られたのか、昼下りの雰囲気がそうさせたのか・・・、その場の忍びやかな情緒がそうさせたのか・・・・・・。
ひとつ確かなことは、僕らの間に、大人にはけっして言えない秘め事が発生したということだった。幼い僕にとっての“性の目覚め”と言っても言い過ぎでない、けっして大袈裟なことではない、衝撃的で刺激的な事件だった。平和で穏やかな中学生活、君歌との楽しい関係、それがずっと、少なくとも三年間は続くと思っていた。だが僕にとっての中学は、それとは真逆な方向に進んでいった。
思春期における多感な少年少女の過ごす場所という側面はもちろんあったと思うが、僕の街の、僕の身近なこの中学校は、いじめや非行といった問題を抱えたけっこう荒れた場所だった。内気、弱気、陰気の三拍子というか、“三気”のそろった僕だったけれど、自分のなかでは変な悪目立ちはなかったと思う。だからかろうじていじめに合わずに救われていたのではないか。でも、成績の悪い子や要領の悪い子、また逆に、妙に正義感ぶっている子や鼻持ちならないような生意気さの漂う子は、ものすごく理不尽な扱いを受けていた。いじめのターゲットにされた子なんかは一生のトラウマを残したであろうし、あんな環境のなかで素直に成長できた子は、もうそれだけでひとつの才能だったと思う。
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