第15話-3遅刻常習犯

月明かりの下、俺たちは走った。

切り株のある小学校、光が点滅する角のコンビニ、終電間近の駅、何かが潜みそうな地下通路の入り口、春には桜が咲く公園、廃病院が見える坂の下、花束が添えられる道路。

俺たちはどんどん追い越していった。

行き先は、新しい病院。お前が退院したばっかりで、俺が父親の後輩と出会った場所。知らなきゃいけなかった真実を、知った場所。


俺はお前を追った。お前は一度も振り返らなかった。いつもは振り返って俺が後ろにいるのを確かめてくれた親友。今回だけは自分のために、まっすぐ走っていく。

俺は、そんなお前の背中を追い続けた。


夜の道に、三つの足音だけが聞こえていた。




頭が痛かった。あいつに叩かれ続けた頭が。

背中が、腹が、頬が痛かった。あいつに殴られ続けた場所が熱を持って痛かった。

腕が、足が痛かった。ちぎれそうなくらい強く握られた腕と足には、痣だけじゃなくて切り傷もたくさん残っていた。

痛かった。死にたいと思うほど。

父さんだと思っていた存在に傷つけられるのが、とても痛かった。

走りながら俺はその痛みを思い出す。身体中が痛かった。

でも、その痛みの数だけ俺は生き延びてきた。生きて欲しいと守ってくれた誰かがいた。

俺は走った。親友の後ろを走った。




いつだって遅刻して、誰かの後を追う。

待ってくれてる誰かの後ろ姿を追って、俺は生きてきた。そんな気がする。

それが、俺の生き方だった。そんな気がする。

それでいいんだって思ってた。誰かの後が自分の居場所なんだって思ってた。

でも、そんな居場所だって先をいく人が作ってくれたものだったんだ。助産師さんや母さん、先生、警察官のおっちゃん、同級生たち、そして親友。みんな、俺がそこにいるのを認めてくれたから居場所を作ってくれたんだ。

俺は、そこにいてもいい。俺は、生きていてもいい。そういうことは、きっと下を見ていたら気づかないこと。前を見て、前の人の想いを受け入れて、受け止めたから気づけるんだ。

俺は生きていてもいいんだ。どんなに痛くたって、どんなに苦しくたって、その先を信じて手を伸ばしてもいいんだ。


先を生きてくれた人の跡を追って、俺は生きる。誰かが残してくれたものを追って背負いながら、俺は生きる。

生きて欲しいと願ってくれた人たちがいたから、俺は生きてこれた。だから今、自分の足で立って走ることができるんだ。


誰かを追い越すとかじゃねえんだよ。

自分のいく人の道は一本しか選べない。そんな道で競争してどうなるんだ。

俺はいつだって遅れてきた。遅れたからこそ見えたものだってあった。人の死に様、人の生き様。それは、これから自分がどうするかっていうヒントを秘めたメッセージだ。

追い越したら前しか見えないんだよ。一人きりで前を向くしかない。


希望を持って? 正義を信じて?


俺はそんなものだけを手に生きていけない。

俺は、強くない。

誰かがいるから、みんながいるから生きていけるんだ。多分、俺も誰かのために生きて欲しいと願うことができるんだ。


なあ、みんな。俺、今度は自分で選ぶよ。

今度こそ、遅れずに選べるよ。

生きることも、死ぬことも、自分の足で選べる。これは俺が自分で出した答えなんだ。たくさんの人からもらったヒントから辿り着いた、俺の答え。俺は走る。

俺は、最期まで走りきる。

親友の背中に間に合うように。




なあ、親友A。

お前の考えてること、解るよ。

もう、時間がないんだよな。

わかってるよ。

同窓会の案内状、持ってるだろ?

俺も持ってるよ。

今度は遅刻しないからさ。

一緒にいこうぜ。

お前一人でなんて、いかせないから。



















できれば、できればなんだけどさ。

親友A。

お前にはこれからも生きて欲しい。


そう願うのは、ただのワガママ、だよな?







『ボクも君に同じことを願うよ。

遅刻常習犯。ボクの、親友。

君に生きてもらいたい。


でも、きっとその願いは叶わないんだね。

なら、一緒にいこう』
















ミンナガマッテル

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