第15話-2遅刻常習犯

誰かが道路を挟んで反対側に立っている気がした。俺は振り返った。そこには待ち人がいた。


俺はお前の名前を呼んだ。


俺の声は車の音に掻き消された。


俺はもう一度お前の名前を呼んだ。


お前は応えなかった。

いつもならお前はこう応えただろう。


「また遅刻かい」


遅刻常習犯の俺を見て、また遅れたのかと言うだろう。いつもそうだった。いつもそうやって、お前は笑ってくれた。


「遅れて悪かったな」


俺もそう言って、いつも笑った。




そこにはいつものお前はいなかった。まるで赤の他人を見るような顔で、お前は俺を見た。


道路とそこを走る車が俺たちを遮った。車が通り過ぎる一瞬の後に見えたのは、お前の背中だった。


お前は俺に背を向けて歩き出した。

会おうと言って待ち合わせたはずなのに、お前はそこから去っていこうとした。


「待てよ!」


俺はお前の名前を叫んで呼び止めようとした。

お前の耳には届かなかった。


俺は走り出した。お前の背を追って。

何かを決意した顔。俺はそんなお前に追い付けるのか。今度こそ遅れずに、笑い合えるのか。

お前は走った。何かから逃げるように。後ろを追う俺から? それとも、俺の後ろに迫るだろうあいつから?


追いかけてやろうじゃねえか。

追われてやろうじゃねえか。逃げて、逃げ切ってやる。あいつなんかには捕まらない。


時刻はもう夕暮れ時。空には月が上り始めていた。影が濃くなって闇に溶けていくのはあっという間だった。




どこかでイヌの鳴き声が聞こえた気がした。

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