第13話-2今話
小学校の宿直室で電気も着けずに俺は横になった。
俺の一生の中で自室って言えるのはそこだけだった。小学生でいられた間だけ許された小さな俺の子ども部屋。就職して文字通り戻ってきた俺にとっても、そこは俺の部屋だった。
俺にとっての家って言えば、俺を家族として扱ってくれた友人A。お前の家だ。
そんな宿直室で、俺は横に転がっていた。
これからどうすればいいんだろう。どうすべきなんだろう。
犯人はわかったさ。俺が「父さん」と呼んでいたあいつ。でも、あいつは人じゃねえ。怪異なんだ。
桜ヶ原の人だったらみえるかもしれない。でも、それで? それからどうしろってんだよ。
どうしたってあいつは裁けない。あいつが今してることこそ、あいつの存在する意義なんだ。
悪いことじゃないんだ。あいつにとって。
じゃあ許そう? 何人犠牲者が出てると思ってんだ。俺の母さんも父さんも、その後輩たちも、関係ない人たちだって!
あいつに背中を押されたんだ。死の世界に突き落とされたんだ。
どうすればいい。どうしたい。
俺は外をちらりと見た。学校の裏にある桜の切り株と、そこに立ち続けている処刑人を思い出した。
罪を罰するにはどうすればいい。罪を罪だと認識させるにはどうすればいい。
どうすれば、いいんだよ。
俺がするべきことはなんなんだ。
俺は行き詰まっていた。
そのままゴロゴロしていると、机の下に置かれた、俺と同じように転がった手帳が見えた。父さんの遺してくれた手帳。俺はそれに手を伸ばした。
指の先がかすった瞬間だった。手帳から、あるはずのない冷気を感じた。
寝転びながら手を伸ばしていた俺は、すぐにその手を引っ込めて飛び起きた。クーラーなんてなかったし、扇風機すらその時期動いていない。なのに何故かものすごく冷たい空気を纏わりつかせた手帳が、そこにはあった。
そう。例えばずっと冷凍庫に入れてあったみたいな。
冷凍庫?!
俺は慌てて手帳を引き寄せて開いた。
開いた最初のページには病院の名前が、最後のページには本当の俺の父さんの名前が変わらず書かれていた。間には同窓会の案内と、多分俺が会ったばっかりにあいつに捕まってしまった彼の名刺が挟まっている。
ただ、なぜかやけにその手帳が重い気がした。
変わるはずがない手帳を開いた時だった。ぶわっと、冷気が顔を撫でていった気がした。冷凍庫の扉を開いた時みたいに。
寒っ。そう感じた次の瞬間、俺の目に入ってきたのは開いたページ。見開きで、真っ白なページ。そのはずだった。
何にも書かれていないはずだった。
でも、そこには赤く引っ掻かれた文字で埋まっていた。どこか既視感ってやつ。いや、実際に見たことがある。
警察官のおっちゃんの時と同じように、そこには俺宛のメッセージが掻かれていた。
誰からのって?
全員分だよ、全員分!
あいつに捕まった被害者たち全員だ!
みんな、俺の知り合いだ。わかるよ。誰がどのメッセージを俺にくれたか。
真っ赤な文字だった。引っ掻いて、引っ掻いて、血が滲んで、滲んだ血で書かれた文字たちだった。
痛い。痛い。痛い。
苦しい。苦しい。苦しい。
どうしてこんなことをする。
家族のところに帰りたい。
暗い。
狭い。
熱い。冷たい。暑い。寒い。
もうだめだ。ダメだった。
こんな最期。
どうして。どうして。どうして!
ごめんな。ごめんなさい。みんな。
全部が俺のせいじゃないって言ってくれるような人たちだった。みんな、優しくていい人たちだった。
こんな風に終わる、終わらされるべき人たちじゃなかった。これから幸せになるべき、幸せであって欲しい人たちだった。
全部。
全部。
過去のことになってしまった人たち。
これからを生きることができなくなってしまった人たち。
奪われてしまった、人たち。
時間を。幸せを。希望を。
なにより、大切な命を。
手帳に刻まれた文字たちは彼らを思い出させた。一人一人の顔も、声も思い出させた。
みんな、俺と出会わなければこんなことにならずにすんだだろうな。そう思いながら最後のページを開いた所に、俺の目を覚まさせる一言が書かれていた。
「どうにかしてみなさい」
この事態を、現状を覆してみろ。
これでいいのか。このままでいいのか。
いいわけねえだろ。
一生をあいつに踏みにじられたままでいいのか。
いいわけねえだろ!
終わらせるさ、こんな鬼ごっこなんてアソビ。あいつの好きなようにさせたままで終わらせない。
俺は手帳を持って家に向かうことにした。俺の育った、あいつと俺が暮らした家だ。
もう、俺にとってはゴミ箱にしか思えないような箱だったけど。
手帳の最後のページ。そこには助産師だった俺の本当の父さんが、書かれていた名前の上に赤い字でメッセージを息子に遺していた。
「君ならできるよ。頑張れ」
頑張るよ。頑張ってみるよ。
だから、見ててくれ。
父さん。
母さん。
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