第12話-4昔話
例えるなら、鬼ごっこ。後ろを、背後を鬼が追いかけてくる。
彼が言ったのは、外から見た推測だった。
桜ヶ原の外に出た俺の両親は何かに目をつけられた。それは俺たちが怪異と呼ぶもの。彼が、外の人が鬼と呼ぶもの。
俺が、父さんと呼んだもの。
両親は逃げた。鬼ごっこみたいに、鬼に捕まらないように鬼と距離を置いた。
地元である桜ヶ原に戻ってしまえば鬼なんかより強いモノがごろごろしている。鬼は自分たちを追いかけることをやめるはず。
そう思って両親は逃げ続けた。
そして、両親は桜ヶ原に戻ってきた。
七不思議が鬼を桜ヶ原に入れないはず。桜の姫が鬼を、外の怪異を容易く入れるはずがない。
普通だったらそうなんだ。
アイツハフツウジャナカッタ
鬼は両親の後ろをついてきた。
鬼ごっこは終わらなかった。
両親は逃げた。離れようと、距離を置いた。
鬼は焦れた。獲物が手に入らない。獲物に手が届かない。
鬼は次第に飢えていく。
その「鬼」っていうものがどんなモノかはわからない。でも、他とは違う何かがあったんだろう。彼にも、俺にも解らないナニカがそいつにはあったんだろう。
だって、そうじゃなきゃ今の状況はあり得ない。
結局、あいつにはわかんないことばっかなんだ。知りたくないし、知ることもできない。
でも、あいつは外から来たナニカだった。「鬼」とも呼ばれる怪異だった。
そいつは外で目をつけた両親を追いかけた。
他にも獲物はいるはずなのに、何で両親?
彼は言う。桜ヶ原の人は独特な雰囲気があるんだ、って。自分たち外者とは違う何かを持っている、って。彼は言う。
多分なんだけどさ。
うん。多分なんだけど。
桜ヶ原って、異様に怪異が多いんだろうな。というか、密度が高いんだよ。
怪異を見る。観る。視る。
当然、怪異からもみられる。
怪異に逢う。遇う。遭う。
怪異っていう危険に対して敏感になる。避けようとする。
それが余計に怪異を惹き付ける。近くなる。
それって、特別なこと。
トクベツナモノハウマイ。美味い。
だから、俺たちは、餌の中でも特別美味い。
だから、両親はあいつに追われたんだと思う。
桜ヶ原が外からどんな風に見られるなんて知らないよ。だって、俺たちはずっと内側にいたんだから。
内側に、いるんだから。
彼は言う。両親は鬼と鬼ごっこなんてしてたのか。それじゃあ、いつ捕まってもおかしくなかったんだろうな、って。でも両親は逃げれた。逃げ続けられた。
それが何でここに来て捕まっちゃったのか。
俺だよ。
母さんが身籠ったから、動きが遅れたんだ。
まずは母さんが捕まった。
鬼に背中を押された。
病院の屋上から落ちた母さんがしたことは、腹の中の子ども、俺を守ることだった。
そう! ここまではいいんだよ!
ここから俺と彼の間で認識に差が出てきたんだ。
母さんの葬儀はもちろん父さんが、助産師さんが行った。それには彼も行ったから覚えているらしい。その時には俺はまだ助産師さんの腕の中。それも彼はしっかり見ているらしい。彼だけじゃない。彼の奥さんも見ている。
そこにはあいつはいなかった。
いたら気づくはずだ。いないはずの、知らない男がそこにいたら気づくはずだ。
じゃあ、いつ俺の中の父親が助産師さんからあいつになったのか。
いつから。いつから?
そんなの、赤ん坊の俺が覚えてるわけないだろ。だから助産師さんとその後輩夫妻が知っていることだけが全部のはずなんだ。でも彼は繰り返し言う。これは推測なんだって。
彼も覚えていないんだ。
な? なんか、おかしいだろ?
曖昧な部分があるんだよ。知らない。覚えていない。
人の記憶なんだからそういうこともあるさ。でも多すぎるんだ。
覚えていないこと。
あいつのこと。多分、あいつの近くにいた間の俺のこと。いつから俺が助産師さんの手を離れたのか。いつから助産師さんじゃなくてあいつが父親として、俺と住み始めたのか。
一番よく知っていたのは、助産師さんのはずだ。でもその助産師さんも今はもういない。
あいつにまつわる記憶がぼやけているんだ。
おかしいだろ?
これってさ、あいつの持ってる他と違うことなんだと思う。あいつのせいでみんなよく覚えていないんだと思う。
葬儀の後で俺が何処に行ったのかは彼は知らなかった。当然その後も知らなくて、今回会いに来るまで音信不通の状態。俺も助産師さんの後輩のことなんて知らなかった。
というか、それ以前に父親をあいつだと思ってたんだ。助産師さんの名前すら知らなかった。
助産師さんが遺した手帳。何で助産師さんが亡くなった時も、進学して家を出る時も見ようとしなかったんだろう。ヒントはいつだってそこにあったのに。
いや、違う。見ようとしなかったんじゃない。
手帳をもらったっていう記憶自体ぼやけていたんだ。
押し入れの中に手帳を隠したのは誰だ。俺だ。本当に?
押し入れの中に見たくないものを隠した。見せたくないものを隠した。そこにあるのは真実に辿り着くヒントだった。
そ う だ
手帳を持って帰った次の日に、助産師さんはいなくなったんだ。
俺が助産師さんと繋がるヒントを、手帳を持ち帰ったから、助産師さんは、父さんは、あいつに捕まったんだ。
俺は、助産師さんがいなくなった後すぐに手帳を探した。でも、なかった。入れていたはずの菓子箱の中にはなかった。あいつが隠したんだ。
あいつが隠したのは、押し入れの天井の角。板を剥がして釘で打ち付けてあった。光が届かない暗い所。俺には見えない、すぐ近くの場所。
あいつは隠したんだ!
俺は知らないことを聞いた。あいつに捕まった助産師さんがどうなったのか、俺は彼に聞いた。
俺の父親は、病院の冷凍庫で発見されたらしい。用事もないはずの大きな冷凍庫。その中で助産師さんは凍っていた。背中には、あいつの手形。
背後から突き飛ばされて、業務用の大きな、人が何人か入れるくらい大きな冷凍庫に閉じ込められた。助けは来ない。声も届かない。誰も気づかない。
助産師さんはどんな思いで凍っていったんだろう。
息子を鬼のところに残したまま死んでいった父親。どんな想いだったんだろう。どんな想いで命を凍らせていったんだろう。
たった独りで、暗くて冷たい箱の中。淋しい。寂しい。悲しい。あの優しい笑顔の人の最期がそんなものだなんて。
ああ、助産師さん。俺の、大切な父さん。大好きだった、俺の家族。
ごめん、一回も貴方を父と呼べなかった。
俺は遅刻常習犯。
知るのが遅すぎた。そこへ辿り着くのが遅すぎた。
間に合わなかった逢いたい人。その人へ伝えたい言葉はもう、届かない。
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