第12話-3昔話
そこからしばらくは覚えてない。
当然だろ? いきなり父親は別人ですって言われたんだ。何で気づかなかったんだよって話なんだけどさ、実際そうだったんだよ。
頭の中、ぐーるぐるでもうほんと混乱状態。
泣いたよ。泣きすぎて鼻水も涙も出し尽くしたって感じだった。土砂降りの中、外を傘なしでほっつき歩いたみたいだった。
そんな俺が落ち着くまで、助産師さんの後輩さんは待っててくれた。
助産師さんみたいに、困った顔で笑いながら待っていてくれた。やっぱり先輩と後輩って似るんだな。
親と子も、似るのかな。そうだといいな。
やっと落ち着いた時、彼は俺にあいつのことを聞いた。
どんな顔をしているのか?
覚えてない。
身長は? 痩せているか、太っているか?
覚えてない。
髪型は?
覚えてない。
何か、覚えていることはあるか?
あいつは、俺をよく殴った。蹴った。刃物で切ったこともあった。
俺を悪い子どもだと言った。鬼の子だと言った。言い続けた。
彼は絶句した。
あいつの下でどんな生活をしてきたか先に言ってたけど、それを具体的に言われて言葉もない。そんな感じだった。
「虐待どころじゃない」
君を家から連れ出してくれた先生には感謝しきれないよ。
彼は頭を抱えながら言った。それで、冷めたコーヒーを一口喉に流し込むと携帯でメールを打ち始めた。俺はそれを、同じように冷めたココアを飲みながら見ていた。
少しして、彼に誰かから携帯メールが届いた。
「ちょっと、場所を移そうか」
そう言って彼は俺の手を引っ張った。
コーヒーもココアも、カップの中には半分以上残ったままだった。
向かったのは病院の屋上だった。廊下を進んで、通路を進んで、エレベーターに乗って、最後に薄暗い階段を上った。扉を開いて目の前が空色一色になった。
前を歩いていた彼が言った。
「じゃあ、脱いでくれるかな」
そこ! 笑うな、ってさすがに笑わないか。彼は外科医だ。俺があいつにつけられた傷を見てくれたんだ。と言っても全部古傷。どれも「誰か」につけられたってわかる痕ばっかなんだよな。特に腹と、俺には見えないけど背中。
一度も水泳の授業に出れなかったよ。みんなにも見せたくなかったし、みんなだって何も言わなかった。
そんな俺の体を、彼は診てくれた。
新しい傷なんて一つもないって。俺は大人に成長できたんだから、大丈夫だって。
そう言おうと背中を診ていた彼を振り返った時だった。彼に会ってから一番低い唸るような、というかもう唸ってたな、そんな声でこんなことを言い出した。
「この背中の手形、いつ付けられたんだい」
背中の手形?
そんなの知らない。
いや、最近そんなこと聞いた、っけ? 聞いた。つい最近。なんだっけ。そうだ。
そうだ。あの事件の。
「被害者の背中には手形」
あの事件の被害者に共通してる痕!
「僕、君の知りたがってる事件の手伝いもちょっとやったんだ。だから、遺体の手形についても知ってる。
これ、同じのじゃないのかい?」
同じ手形。
同じように背中を押された痕。
「父さん」に付けられた痕。
犯人はあいつだ。
俺の父親の振りをしてたあいつだ!
「推測でしかないんだけどね」
彼は俺の目を見て言った。もう何回も言った、自分は余所者でしかないからっていう前置きと一緒に。
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