第12話-2昔話

なんで母さんを落としたんでしょう。俺は誰がとは聞かなかった。俺の中で、母さんを落とした犯人は父さんだって答えが出ていたんだ。

それまでの話じゃ、どうしても人を落とすような狂った鬼には聞けなかった。どうしても彼の言う「先輩」と「父さん」が結び付かなかった。

彼は一呼吸置いてからこう言った。


「僕は、君たちみたいに元々ここの住人じゃないから」


自分は余所者だから。そう前置きして続けた。


彼が俺の両親と出会った時、彼らが学生の時から、母さんたちはよく後ろを気にしていたそうだ。本当によく後ろを振り返って背後を確認するもんだから、彼は尋ねたんだ。

後ろに何かいるのか? それに、両親はこう答えたそうだ。


「鬼ごっこでもしている気分だよ」


鬼ごっこ。後ろから誰かに追われていたのか? 何に?

少しだけ、背筋にぞくりと寒気が走った。

彼は言った。僕にはよく解らないことなんだ。だけど、同じ場所に生まれた君なら解るのかな。

そう、言った。

余所者には解らないこと。地元民には解ること。ピンときた。怪異だ。


俺は鬼ごっこなんて怪異を桜ヶ原で聴いたことがない。聴くのは「鬼事」。ごっこなんかじゃ済まない、鬼の戯れ事。聴くも見るも無惨な、鬼のする怪異。

俺たちはそんな怪異を「鬼事」と呼ぶ。


だから、背後を追ってくるような、それこそ子どものする遊びの「鬼ごっこ」のような生易しい「鬼」を地元民は知らない。

もしいるなら、その鬼は桜ヶ原の外にいる鬼だ。




オマエハ鬼子ダ


不意に、父さんの言葉が頭に響いた。子どもの俺を、鬼の子だと罵ったあの声を。

その子どもは誰の子だ? 父さんの子だ。

鬼子は鬼の子だ。


トウサンハ、オニナノカ?


それなら母さんを屋上から落としたりもするだろう。でもいつから?

どうしても目の前の彼の言う「先輩」と「父さん」が同じ人に思えなかった。俺の頭の中では、人の「父さん」と鬼の「父さん」が立っていた。

どちらが本当なのか。どっちが真実か。




「ここを出てから、何かに追われるような気がしてたらしいよ。だからずっと後ろを気にしてた。

地元に戻ればきっと大丈夫だって言ってたけど、その結果があの人の事故なんだろうね」


何かに背後を取られて、背中を押された。

母さんの死は、その後の行方不明事件の怪異に繋がっていたんだ。

父さんが犯人の。

父さんが犯してきた罪の。







「君は、父親が亡くなった時のことも詳しく知らないんだろう?」

「え」







父さんはずっと生きてきたはずだ。ずっと、家にいたはずだ。亡くなってなんていない、はずだ。







彼の言う俺の「父さん」って誰のことだ?







そこでやっと何かが違うと気がついた。












俺は、


俺は、


彼に尋ねた。聞いてしまった。




「俺の父親って、誰のことなんですか?」




彼は答えた。


「誰って、×××先輩のことだよ」









俺の。

俺の父親は。













なんでそうなったんだ?

なんでこうなったんだ?

じゃあ、あの「父さん」は、一体、誰なんだ?

何なんだよ?




俺は彼に自分のことを話した。俺がどうやって生きてきたのかを話した。簡単に、な。









俺の父親は「父さん」じゃなかった。父親の後輩である彼が言い続けていた「俺の父親」は彼の先輩である助産師さん。つまり、俺の、




俺の父親は。




本当の父親は。







モウイナイ。




俺は助産師さんに育てられて、父さん、




誰かわからないけど、俺がずっと「父さん」と呼び続けてきた、あいつ。

あいつと暮らしてきた。





「君の両親は僕の先輩たちだ。ちゃんと証明できる。

君が「父さん」と言っているその人を、僕は知らない」


彼は怒っていた。自分の敬愛する先輩のいるべき場所を、どこの誰かわかんない、それこそ得体の知れない奴がかっ拐っていった。

しかも、その子どもの扱いに絶句していた。俺があいつに何て言われながら育ったか、俺があいつに何をされてきたか。それを聞いたときの彼の顔は、何て言ったらいいかわかんねえ。

俺、思ったんだ。ああ、助産師さんは、俺の父親は、こんなに後輩に慕われていたんだな。

俺は「父さん」じゃなくて「助産師さん」の顔を思い出しながら、思った。




やっと解ったんだ。助産師さんがなんであんなに俺に優しくしてくれたのか。

あの人、あの人がさ。

俺の、俺が本当に父さんって呼ばなきゃいけない人だったんだ。













なんでだよ!

なんでこうなっちまったんだよ!

俺、俺、助産師さんのこと、一度も父親だなんて、父さんだなんて、呼んだことなかったさ! 呼べなかった!

何度も呼びたかったよ。あの人が俺の父親だったらって、何度も思ったよ。

でも。

でも!










あいつが言うんだ。

あいつが、俺に、言うんだ。








「オレガオマエノチチオヤダ」








あいつが、俺に言うんだよ!

自分が父親だって。

あいつが俺に!




それまで、疑ったことなんてなかった。どんなに目の前が辛くても、これが現実なんだって思ってた。受け入れてたつもりだった。

それなのに。それなのに!

それなのにさぁ!!







こんなのってないだろ。







ゼェンブ、ウソダッタ







もう母さんも、助産師さんだったとうさんも、いない。会えない。

俺は、一体何を見てきたんだよ?







なにも


みていなかった







悲しかった。

悔しかった。あいつに騙されていたことに。

怒った。あいつに騙されていた俺自身に。


血が出た。唇を噛んで、噛み切って、血の味がした。

頬を水が伝った。

涙が、伝った。







みんな。聞いてくれ。

聞いてくれよ。

俺の父親はさ。優しくって、いっつも困った顔で笑うんだ。俺が失敗しても、俺がどんなに間抜けでも、根気強く待っていてくれる。君だったらできるって、俺のことを信じてくれた。

俺の成長を心から楽しみにしていた。

いつか気づくって、最期にヒントを残して、信頼してた後輩のとこに導いてくれた。







みんな。

俺の。

俺の父親はさ。










俺がずっと、助産師さんって呼んでた、あの人なんだ。あの人なんだよ。



















あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

なんっでこうなんだよおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

俺が父さんって呼んでたあいつは誰なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???!!!???!!!???!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る