第3話-7鬼の子ども

昨日、ツバメが巣から飛んでいった。小鳥は、親鳥に追い付こうと必死に翼を動かしていた。


今日、ツバメが巣から旅立っていった。飛び立てなかった小鳥は、巣から落ちてただの肉の塊に成り果てていた。







小学校卒業と同時にみんなは学校から離れていった。もちろん俺もずっとそこにいるわけにはいかなかった。




先生が、亡くなった。




本当に急だったよな。

俺らの卒業式が終わって何日か経った後に、連絡がくるんだもん。ははっ。冗談だと思ったよ。そう思った奴は俺だけじゃなかったはずだろ?

俺は、家に戻ることになった。

学校の裏庭から誰かに見られている気もした。ここから去るのかって、その誰かに言われてる気もした。

でも、俺は中学生になるんだ。中学の入学式の日、俺は家の玄関に立った。その時の俺には、そこしか帰る場所がなかったんだ。

そりゃ嫌だったよ。俺の帰る場所はここじゃない。みんなと先生のいる場所だ。そう思ってたのに。


俺は覚悟を決めた。父さんと向き合うんだと、ちゃんと目を見て話をしようと、決心した。

顎が外れるんじゃないかってくらい歯を噛み締めて、手も真っ白になって血が出るまで拳を握った。親の敵を睨む顔で玄関の扉の前に立った。自分の家だと思えない雰囲気だよな。これが俺の家なんだよ。

みんなにはわかんないだろうな。

いいんだよ。あんな気持ち、わかって欲しくなんてないから。


玄関に立って、持たされた鍵を突き刺して、静かに戸を開いた。静かに静かに、音を立てないように。

家の中は空気が籠っていた。外とは全然違う雰囲気で、薄暗かった。ぞくりと、寒気がした。


父さんはその時眠っていて、起きてこなかった。

自分のスペースがある部屋に足音を立てずに忍び込んで、用意していた南京錠で鍵をした。更に扉の前に重い家具を置いてバリケードにした。そこでやっと、俺は止まっていた息を吐いて寝床に飛び込んだ。

俺の家にある自分の部屋は、押し入れだった。


その日、俺は持ち込んだタオルケットにくるまって眠った。

父さんが近づいてこないことだけを祈って、膝を抱えて眠った。




異常だよな。

落ち着いて今思い出すと、家に帰るって行為じゃない。それだけあの時の俺は父さんに恐怖していたんだ。


でも、一個だけラッキーだったことがある。

俺は遅刻常習犯だ。いつだって時間にも遅刻する。


俺が家に帰るはずだった時間は、本当だったら昼過ぎ。まだ明るい時間のはずだった。でも、俺は遅刻した。

俺が家に帰ったのは、もう真っ暗な真夜中だった。

だから父さんは眠っていてくれた。俺なんかを父さんが待つはずないだろ。とっとと飯食って、眠っていてくれた。

そのおかげで、俺は父さんと会わずに押し入れの中へ入り込めた。

その時ほど俺は自分の悪癖に感謝したことはなかった。







なんで遅れたのかって?

おまえんちでゲームしてたからだよ、友人A。

小学校のすぐ側にあるおまえの家。そこにおまえは俺をギリギリまで匿ったんだ。

あの日、最後までおまえ言ってたよ。帰るな。ってさ。


思い出したか?

思い出さねえか。

まあ、いいさ。ゆっくり俺のとっておきを聞いててくれや。

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