第3話-6鬼の子ども
俺の人生で一番楽しかった時期っていうのは、もちろん小学校時代。あ、違う違う。俺は小学校じゃない。
小学生時代。
ランドセルも持ってなかったけど、一番楽しかった。
みんなと遊んだし、知らないことを勉強するのも楽しかった。
すっごく、楽しかった。
ただ、俺は学校の外に出なかったんだけどさ。
先生が家から連れ出してくれた先は小学校だった。それから俺はどこに住んでいたかというと、そのまま小学校。
俺にはもともと親戚とかもいなかったらしいし、行く宛がなかった。あったらもっと早く父さんの所を出ていただろうよ。
誰かの家でもよかったらしいけど、俺はその時外に出たくなかった。だって、父さんに見つかるかもしれないから。
父さんに見つかって、またあの空間に戻るのが怖くて嫌だったんだ。だから俺は駄々をこねた。
「ずっとここにいる!」
普通そんなの通るはずないだろ? でも通ったんだ。
俺が桜ヶ原の人間だったから、先生も他の大人たちも俺を全力で守ろうとしてくれたんだ。ほら、地元の仲間意識が異常に強いだろ? 他の町を知ってれば余計異常に見えるだろうよ。でもこれが俺たち、桜ヶ原の人間なんだ。
間違ってないよな。
桜ヶ原の人は桜ヶ原の人を守ろうとする。
間違ってないよな。
だからなのか、父さんはこの町に居座った。自分もこの町の者なんだから、追い出される理由はない。そう言い張ったらしいんだ。
当然、誰も父さんを町の外に出すことはできない。
あの先生は俺に言った。
「七不思議が君の味方になってくれるだろう」
俺たちに桜ヶ原の七不思議を教えてくれたのはあの先生だ。この町にはこういう七不思議が昔からある。まるで懐かしいものを紹介するように、先生は穏やかに笑いながら語った。
この町の人なら誰でも知っている七不思議。この町に潜んでいる七つの怪異。
オレタチガカイメイヲノゾンダ
七ツノフシギ
俺たちが、解明をのぞんだ不思議たちだ。
桜ヶ原の、七不思議。
桜ヶ原にある、人と一緒にある不思議たち。
七不思議の最後は神隠し。出会った誰かがいなくなる。そういう結末だろ?
誰かが何処かへ消えていく。誰かが何処かへさらわれる。そういう、ものだろ?
七不思議っていうのは、本当だったら誰かを守ってくれるはずのものじゃないんだ。むしろ、誰かを罰するもの。人が裁けなかったものを裁くかのように、制裁やしっぺ返しを与えるもの。
『頭に乗るな』
いい気になってつけあがるな。
父さんを人は裁けなかった。人は父さんを野放しにした。手に負えなかったんだ。
じゃあ、誰が裁くんだ? 誰も裁けない。父さんは悪くない。だから、誰も裁けない。
父さん自身が罪を自覚しない限り、あの人は罰せられることはない。
ああ、今の俺は「あれ」が悪いって思ってるんだけどさ。
人が裁けないんなら、他のモノが裁くしかないだろ? でも、どんな怪異でさえ父さんを裁くことはできなかった。七不思議でさえ、な。
桜の姫様だったらまた話が違ってくるんだろうけど。あの頃はまだ先生がいたから。
姫様も奥手女子だよなぁ。
あ、これは内緒だぜ?
七不思議でさえ父さんを裁けない。
そんなに七不思議って弱いの? って話じゃないんだよなあ、これが。
桜ヶ原では七不思議は姫様に次ぐ怪異だ。それが裁けない父さんがヤバイの。
でも、裁けなくても牽制にはなるんだ。こいつに手を出すな。もしかしたら、自分の上に立つなってことかもしれないな。
小学校の裏庭には切り株がある。
七不思議の一つ目の、切り株だ。
まあ、変な言い方だけど、あれが校内にある限り学校にいれば父さんは俺に手出しできないってこと。
実際、俺はずーっと学校にいた。基本的に学校の外に出ることはなかった。というか、出れなかった。
いつまでだって?
最期の日までだよ。
俺、見てたよ。
切り株の上に立つ刃物を持った処刑人。
それに、校庭の向こうの道を走るバス。ある同級生に熱い視線を送る軍服を着た異国の車掌さん。
今夜は猫会議だって同級生を呼びに来たとある町の白い猫。尻尾が二本の化け猫裁判長。
前日まではなかったはずのトンネルの入り口。不穏な気配と吐息が漂う、蛇の口。
同級生におやつの催促をしに来たイヌ。モフモフの肥えてしまったタヌキのはずの、イヌって名付けられたタヌキ。
まだまだあるぜ?
みんなも見てただろ? 見えてただろ?
え、そんなの知らない?
そうなの?
じゃあ、今言う。俺、見てたよ。
見えてたよ。
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