第2話-1母は言わず

俺が産まれたのは寒い冬のことだったらしい。寒くて寒くて、雪が降るどころじゃないくらいの寒さだったらしい。

それを俺に教えてくれたのは、母でも父でもなくて、助産師だった人だった。

俺が産まれて何年か経った後。物心がついて周りを見るようになった頃。煩いくらいに俺はこの言葉を叫んだ。


「なんでおかあさんがいないの」


俺は母親を知らなかった。顔も、名前も。じゃあ、どうやってそれまで生きてこれたかって? 覚えてないよ。

でも、誰かが俺を助けてくれていたんだろうな。ミルクを与えて、おむつを替えて、寝かしつけて。それをしてくれたのは母親ではない。それだけは確かなんだ。

だから、俺は理解するまで泣き叫んだ。


「どうしておかあさんがいないの」


俺は、産まれてからずっと母を知らない。いや、違う。産まれたその瞬間にだって、俺は母の温もりを知ることができなかった。母になった女性の、務めを果たしてやりきった笑顔にさえ出逢うことはなかった。

俺の知っている母というものは、冷たくてかたい。そういうものだ。どろりとした赤い液体と、売っている肉よりも色味が悪くてかたい肉の塊。うん、生き物ですらなかった。と、思う。その時はもう既に。

俺の母は自分では子どもを産めなかった。身籠って、腹を大きくして、俺は彼女の胎内で優しく育てられたんだと思う。

誰もが漂っていた羊水の中で膝を抱えてながら。丸くなって。体温を分け与えられていた。

そんな気がする。




そのまま起きずに、ゆらゆらと夢の中で揺られていたら、誰も辛いことなんて知らずにいられるんだろうな。







きっとみんなも思ったことがあるはずだ。

産まれる前のあの場所へ還りたい。

あの温かくて、優しくて、何も知らなかった頃に戻りたい。


たぷん。たぷん。母の胎の中で揺られていたい。

誰だって、きっとそう思うんだよ。


まあ、俺は嫌だけどな!

言っただろ? 俺がいた母親の胎っていうのは冷たかったんだ。

冷え性とかじゃなくて、さ。

俺の母さん、俺が外に出る前に死んでたらしいんだ。


俺の母さん、俺が産まれる前に死んでたんだ。




俺は。


俺は。




産まれてくるのさえ、遅刻してきてたんだな。







俺は、今も昔も遅刻常習犯だ。

きっとこれからも、この遅刻癖はなおらない。

大事なときほど、遅刻する。

大切なことを知るのはいつだって一歩遅い。それが、俺なんだ。

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