第20話 デートのお誘い

 傷だらけで変色している部分もあるギルベルトの身体と違って、エリーアスは肌が白くてもちもちとしていて手触りがよく、身体がとても綺麗だ。左腕と左脚を失ったのは残念だが、そこにつけられた白銀に輝く接続部すらエリーアスの美しさを際立たせているようにしかギルベルトには思えない。


「エリーアス、綺麗だ……」


 足の付け根に口付けながらギルベルトが囁くと、エリーアスの蕩けた目がギルベルトに向けられる。


「きれい……? きれいなのは、あなたじゃないですか?」

「俺の身体は傷だらけだし、エリーアスみたいに触り心地がいいわけじゃない。エリーアスは全てが完璧だ。美しい」

「な、なにを言っているんですか?」


 快楽に蕩けていた表情が我に返るのを見ながら、ギルベルトは首を傾げる。ギルベルトにはエリーアスの存在も心根も全てが美しく感じられるのに、エリーアスはそんなことは思っていないようだ。


「腕と脚が片方ないですし、顔立ちはギルベルトの方が絶対に整っていますし、私は綺麗じゃなくて、厳ついとか、ゴツイとか言うんですよ」

「そんなことはない。エリーアスは姿も心根も全て美しい」


 必死に口説いているつもりなのに、言えば言うほどエリーアスの表情が険しくなる。ギルベルトはこれが本心だと信じてもらえないことがつらかった。

 エリーアスはあまりにも慎ましやかすぎて、自分に向けられる称賛を素直に受け取れないのだ。恥ずかしがり屋なのだと自分と納得させて、ギルベルトはエリーアスの足の間に身体を滑り込ませる。

 行為が終わるとエリーアスをバスルームまで抱き上げて運んで、シャワーを浴びている間にギルベルトがベッドのシーツを替えて、エリーアスをベッドに連れて行った後でギルベルトは手早くシャワーを浴びて髪も濡れたままで戻ってくる。

 バスローブでベッドに倒れ込んでいるエリーアスの胸に頭を乗せると、エリーアスがギルベルトの髪を撫でて苦笑する。


「髪は乾かした方がいいですよ」

「エリさんが濡れるか」

「そうじゃなくて、風邪を引きます」


 自分が濡れることよりもギルベルトが風邪を引くことを気にしてくれるエリーアスの胸に顔を埋めて、ギルベルトはふふっと笑みを漏らす。


「抱き方が、変わりましたね」

「大事にしたいんだ」

「私の左腕と左脚がないからですか?」


 そのことに責任を感じているのかと問われて、ギルベルトはきょとんと目を丸くしてしまった。確かに責任は取るつもりだが、エリーアスの左腕と左脚がなくても、ギルベルトの態度は変わらない。


「そういうんじゃなくて、エリさんを大事にしたいんだ」

「処置はされているし、気にしなくてもいいんですけどね」

「気持ちよくないか?」


 直接的な問いかけに、エリーアスの顔がかぁっと赤くなる。


「き、気持ちいいですけど……その、快楽が過ぎるというか……」

「俺に溺れてる?」


 問いかけにエリーアスは顔を赤くしたまま答えなかった。それが答えだとギルベルトは思っていた。エリーアスはギルベルトに優しく抱かれて、その行為に蕩けて溺れそうになっている。これを続けて行けばますますエリーアスはギルベルトに惹かれていくかもしれない。


「基地を出たらあなたは私のことは忘れるのだと思っていました」

「どうして?」

「特殊な環境下だったから男性同士での行為を受け入れていただけで、基地から戻ればあなたは引く手あまたでしょう?」


 どれだけギルベルトに抱かれたいと身を投げ出す相手がいても、ギルベルトは誰も抱く気にはなれなかった。まして抱かれることなど考えたこともない。

 ギルベルトが抱きたいのはエリーアスだけで、エリーアスがいればギルベルトは満たされる。逆に言えば、エリーアスが抱けなければギルベルトは永遠に満たされることなどないのだ。


「エリさんだけでいい。エリさんがいいんだ」

「私に溺れているんですか?」


 珍しく冗談交じりに呟いたエリーアスに、ギルベルトは真顔になった。


「間違いなく、溺れてる」


 答えた瞬間、エリーアスの顔がますます赤くなったのをギルベルトはにやけながら見つめていた。

 エリーアスに求められて、エリーアスを求めて、満たされたギルベルトは幸せの中にいた。

 研究するための菌が届いてから、エリーアスは研究所に通うようになった。ギルベルトが電気自動車を運転してエリーアスを研究所に送り届け、研究室の中でも離れず傍にいる。菌を培養したり、電子顕微鏡を覗いたり、薬品を扱ったりしているときには部屋から出されることもあるが、エリーアスはほとんどの場合にはギルベルトがいても気にせずに研究を続けていた。

 巨大なコンピューターに研究結果を打ち込んで、国中の研究者と情報を共有する。研究室に一人で研究しているように見えるが、国中の論文にコンピューターでいつでもアクセスできて、国中の研究者と情報を共有しているエリーアスは、作業自体は一人きりだったが、研究は協力してやっていることが見ているギルベルトにも理解できて来た。


「退屈ではないですか?」


 コンピューターに入力し終わって身体を伸ばしているエリーアスに問いかけられて、ギルベルトはエリーアスが自分を認識していたのかと少し驚いた。集中しているときはギルベルトがいることも気付いていないようなそぶりで、寝食も忘れるほどだから、ギルベルトの存在はないもののように思われているとばかり考えていた。


「エリさんが働いてるのを見てるのは退屈じゃない。エリさんを尊敬してる」


 それに俺はエリさんの護衛だから。

 付け加えると、エリーアスに苦笑されてしまう。


「英雄を護衛にするなんて私もすごい身分になったものですね」

「俺にとってはエリさんが英雄だよ。俺の命を救ってくれた」


 手榴弾の爆発から身を挺して庇ってくれただけでなく、生きることに価値がないというギルベルトの考えを柔らかく受け止めながらも覆してくれたのは、エリーアスに違いなかった。真剣にギルベルトにエリーアスが向き合ってくれた日々は、ギルベルトにとってはかけがえのない時間になっている。


「俺はエリさんと一緒にいられて幸せだよ」


 微笑みかけると、エリーアスが複雑そうな表情になる。


「あなたは欲がないひとですね」

「そうかな?」

「今週末、休みを取っていますから、行きたいところを考えておいてください」

「え? それって」


 デートのお誘い!?

 浮かれるギルベルトにエリーアスは答えずに仕事に戻る。

 これまで行ったことのない場所はどれだけでもある。行ったことのある場所の方が少ないくらいだ。

 エリーアスと初めてのデートで行きたい場所を考えて、ギルベルトはなかなか浮かばずにエリーアスの仕事風景を見詰めていた。

 エリーアスの研究がひと段落して、データのバックアップを取って研究所から退勤するときに、ギルベルトは唐突に行きたい場所が思い浮かんだ。


「動物園!」

「え?」

「俺、動物園に行ったことがない!」


 動物が保護と繁殖と生態観察のために檻に入れられているという施設に、ギルベルトは行ったことがない。子どものときにそういうところには行くものなのかもしれないが、ギルベルトは早いうちに飛び級をして士官学校に入っていたし、15歳からは前線に出ていたので子ども時代が存在しなかった。


「いいですよ、動物園に行きましょう」

「いいのか? 子どもっぽくないか?」


 32歳のエリーアスと22歳のギルベルトがデートに行く場所としてはあまりにも色気がないし、子どもっぽいと自分の希望を引っ込めようとするギルベルトにエリーアスが淡く微笑む。


「私も動物園にはほとんど行ったことがないです。小学校の遠足くらいかな? いいじゃないですか、動物園」

「い、いいのか」

「行きましょう」


 他に行きたいところが浮かばない子どものようなギルベルトの要望を、エリーアスは優しく受け入れてくれた。

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