第6話 ギルベルトとの対立
こんな関係は間違っていると分かっていながらも、エリーアスはギルベルトを拒めずにいた。
ギルベルトの率いる部隊が戻って来た。怪我人が担架でエリーアスの診療室に連れて来られる。重傷者から対処していったが、軽傷者の中にギルベルトがいるのを見て、エリーアスは思わず声を荒げていた。
「危険だと分かって進軍したのではないですか?」
「隊員を危険な目に遭わせるつもりはなかった。私を狙ってきていたから、私が囮になればよかった。それなのに、みんなついてくるから……」
隊長を囮にして捨てて逃げるようなことを部隊の隊員ができるわけがない。例え命令であっても逆らってギルベルトを助けるだろう。助けられたことに対して不満そうなギルベルトに、エリーアスの怒りが募る。
「命を大事にしなさいと常々言っているではないですか」
「私が死んでも代わりが来るだけだ」
「その代わりがあなたほど優秀とは限りませんし、あなたを狙うということは、あなたがこの国の軍にとって重要な地位を占めているということなのですよ」
エリーアスの怒りをギルベルトは理解していないようだった。
「結果として全員生還できたのだし、私の作戦は間違っていなかった」
「自分の命を危険に晒すような作戦を立てること自体間違っていますよ」
「エリーアスは……ハインツェ先生は、私が死んでほしくない? 私が優秀な指揮官だから?」
そういう問題じゃない!
怒鳴りたい気持ちを抑えてエリーアスは深呼吸をする。どれだけ怒鳴っても、縋っても、ギルベルトが自分の命を大事にすることはない。それならば、別方向から攻めるしかない。
「あなたの補給部隊のおかげで、医療品も今は潤沢にありますが、今後ともこのような戦いをされるのであれば、医療品も足りなくなってきますし、あなたの無謀で命を落とす兵士も出て来るかもしれません。基地の隊長だということを自覚した行動をしてください」
銃弾が掠めた太ももを縫って、処置をしながら淡々と述べると、ギルベルトは返事をしなかった。
あれだけ言ったのだからその夜にはギルベルトは来ないだろうとエリーアスが気を抜いてシャワーを浴びていると、ドアの方で音がする。パジャマを着てドアを開けると、ギルベルトが真っ青な顔で廊下の壁にもたれかかって座っていた。
「どうしたのですか? 具合が悪いのですか?」
「痛い……」
「え?」
「ここまで歩いて来たけど、足が痛い気がする」
苦し気なギルベルトを抱き上げてベッドに寝かせると、エリーアスはギルベルトの額に手をやった。熱が出ている。
「炎症を起こしているせいで発熱していますね。抗生剤と解熱剤を持ってきます。そこでじっとしていてください」
すぐに動き出そうとするエリーアスの手をギルベルトが握って止める。エメラルドのような瞳は熱のせいか潤んでいる。
「俺のことが嫌になったんじゃないのか?」
「何を言っているのですか?」
「俺にはやっぱり、誰も心配してくれるひとなんていない……エリーアスも、医者だから俺に優しくしてくれるだけで、本当は……」
熱に魘されたように言うギルベルトに、エリーアスは心底呆れてしまった。発熱して、足の傷も炎症を起こしているような状態で、ギルベルトはエリーアスの感情を気にしている。
「あなたが心配だから、こんなに手を尽くしてるんじゃないですか!」
心配しているのはギルベルトの兄弟で、エリーアスはそれを押し付けられて、お願いされた立場なのだが、熱を出して苦しんでいる相手を前にしてそれを口にするほどエリーアスは酷い人間にはなれなかった。
足早に診療室に行って抗生剤と解熱剤を持って戻って来る。注射器に抗生剤を吸い上げてギルベルトの腕に注射し、解熱剤も同じようにすると、ギルベルトは荒い息を整えてうつらうつらと眠り始めたようだった。
銃弾の傷は炎症を起こしやすく、膿みやすいので注意が必要だった。
眠っているギルベルトを動かすことができず、エリーアスは椅子に腰かける。
机に突っ伏して眠ったエリーアスは、翌朝、凝った体を軽いストレッチで解しながら、ベッドで眠っているギルベルトを見下ろしていた。
身体を交わした日でも、ギルベルトはエリーアスの部屋に泊まって行かない。性欲処理だけが目的なので、朝まで一緒にいることはないのだろうとエリーアスは勝手に考えていた。
見下ろしているとギルベルトが目を覚ます。
「エリーアス……? 俺は眠ってしまったのか?」
「熱はもう下がったようですね。抗生剤と解熱剤を処方しますから、診療室に来てください」
「怒っていないのか?」
事務的に答えたエリーアスの手を握るギルベルトの手がまだ熱の名残で熱い気がする。触られているのに嫌悪感を覚えないことが不思議だったが、ギルベルトとは抱き合った仲なのでその辺は平気になっているのかもしれないとエリーアスは自分を納得させた。
「怒るも何も、怪我人を放って置けませんよ」
「エリーアスは、俺が部屋にいるのは嫌なんだと思っていた」
「どういうことですか?」
性欲処理で身体を交わした後にギルベルトがエリーアスを置いて部屋を去ってしまうのには理由があったようだった。
「俺は面白みもないし、傍にいて心地いいような相手じゃないから、抱いたらすぐに部屋を出てた」
「性欲処理ですし、それでいいんじゃないですか?」
「エリーアスは俺が部屋に泊まっても、嫌じゃなかったのか?」
エリーアスの言葉を聞いているのかいないのか、ギルベルトが問いかけるのに、エリーアスは言葉に詰まってしまう。同じベッドで眠るには狭すぎるし、昨日ギルベルトを泊めたのは熱があったからで、そうでなければいつものように話をして帰ってもらっていただろう。
「嫌ではないですが、このベッドは狭いんですよね」
「隊長の部屋のベッドは広いぞ」
「そういう意味ではなくて……」
ベッドの狭さを理由にしようとしていたエリーアスは、話が妙な方向に行きかけていることに気付いていた。
「これから、俺が迎えに行くから、エリーアスは俺の部屋に来ればいい」
根本的に何か間違っている。
それは分かっているものの、いいことを思い付いたという顔で言うギルベルトに、エリーアスは何も言えずにいた。
その日からエリーアスはギルベルトの部屋に行くようになった。最初はギルベルトが迎えに来てくれたが、それでは目立ってしまうと断って、エリーアス自ら行くようにしたのだ。
ギルベルトの部屋は宿舎の二階の一番奥で、一番広い部屋を使っている。
「俺は狭い部屋でいいって言ったんだが、隊長なんだからと押し切られてしまった」
「あなたは、隊長ですからね」
ソファセットがある部屋と寝室、簡易キッチンと広いバスルームのある部屋にエリーアスが来たのは二回目だ。エリーアスが来ない日にはギルベルトがエリーアスの部屋までやってくるので、仕方なくエリーアスが出向いている。
「薬缶がありますね。お湯でも沸かしてお茶でも飲みますか?」
「お茶を淹れられるのか?」
「それくらいできますよ」
簡易キッチンで薬缶を見つけたエリーアスが言えば、ギルベルトが申し訳なさそうに項垂れる。
「茶葉がない。俺はそういうことは一切しないから」
「厨房から今度茶葉をもらって来ましょうかね」
「エリーアスは、すごいな」
感心したようなギルベルトの声に、エリーアスは首を傾げた。天才と言われる部隊の隊長が、ただの軍医であるエリーアスを褒めている。
「私のどこがすごいのですか?」
「お茶を淹れられたり、厨房に声をかけられたり、男同士のことも知っていたりする。エリーアスはすごい」
「お茶くらいあなたでも淹れられますよ」
お湯を沸かしてティーポットを温めて、茶葉を入れて、お湯を注いで抽出すれば簡単にお茶など淹れられる。説明するエリーアスを眩しそうに見ていたギルベルトだが、その眉が下がってくる。
「エリーアスは俺のことを『あなた』とか『隊長』とか呼ぶんだな」
「何か問題が?」
「名前で呼ばれたい」
「アードラー隊長?」
「そうじゃない!」
ギルベルトと呼ばれたいのだということは分かっていたが、エリーアスはわざとそれを避けた。名前を呼び合う関係になってしまうと、もう後戻りできなくなる気がする。
ただでさえ、肌に触れるのも嫌な他人をなぜか受け入れることができているだけでもおかしいのに、これ以上エリーアスはギルベルトに深入りしたくなかった。
「話しが終わったのなら帰ります」
ドアに向かおうとするエリーアスの手をギルベルトが掴む。
「今日は、抱いてもいい日だろう?」
熱がこもっているように聞こえるギルベルトの言葉に、エリーアスはため息を吐いた。
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