4
ずずと、鼻水を啜る。
男は返事をしない。
防護服に直で触るのは抵抗があって涙が垂れ流しでベタベタだ。
「食料…調達…?俺を追ってきたわけではないのか?」
「追う…?なんで…。」
「いや、そうか。そのほうが納得できるがいく。」
「…。」
納得が行くとか意味がわからない。
男は頭をこすってこちらを見た。
「…こちらの勘違いだった。すまなかった。」
気まずそうに頭をガシガシと書きながら男はこちらに謝ってくる。
何をいえばいいのかわからない。謝罪に対しての返事を求めているのかもわからなかった。
そもそも勘違いで僕はこんなに痛い目にあったのか。
そう思うと許すという気にもならない。けれど、明らかに自分よりも強いこの男に対して文句もいう気になれずにうつむいた。
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…。………して。」
「ん?なにか言ったか?」
「…ヘルメット、返して。」
「あ、ああ。ほら」
男は吹き飛ばされたヘルメットを回収すると、ゆっくりとかがみながらヘルメットを僕の近くにおいた。
何もしないとでも言うように、両手を顔の横に上げながら後退していく。
男が下がったところでゆっくりとヘルメットを取り戻す。ホッとして、撫でて見回す。
接続部が負傷してしまっているかもしれない。普通につけて大丈夫だろうか。
「…その防護服。初期の型だよな。支給品か?」
「……。知らない。お父さんからもらった。」
「そうなのか。…えっと、お父さんはいま何をしてるんだ?」
「お父さんは、もう、いない。」
「…」
「…そりゃ…そうだよな。こんな状況じゃ、生きてるほうが難しい…。」
「…」
沈黙。何度も沈黙が訪れる。
男は何をしているのかわからずに座り込んでいるだけだし。僕もどうしたらいいのか、逃げ切れるかもわからないから座り込んでいた。
「おい坊主。お前帰らなくてもいいのか。」
「え。」
「帰りたいんだろ。さっき言ってたじゃないか。」
「え、あ、うん。」
「殴ったのは俺だ。代わりにといえばなんだが、なにか必要なら手伝うぞ。」
唐突に男が提案する。静かで暗い空気のなかで“帰ってもいい”のだという事実を知ってホッとする。
「ほら、食料を探しに来たんだろ。…適当に欲しい物あったら持っていけ。まあ、こんな寂れた
「どらっぐ、すとあ…薬!」
薬!ラナを直せる薬があるかもしれない!
そう思って暗闇の中に駆け出す。
カチリと胸元のネジをひねってライトを右肩のライトをつけた。
「おい!」
後ろから光を持った男が追ってくる。
「急にどうした…!なにか探してるのか?」
そうだ手伝ってくれると言っていた。
思い出して男に対してお願いした。
「くすり!病気を治す薬がほしいんだ!手伝ってくれるならあなたも一緒に探して!」
「病気って…どんな病気なんだ?…まず薬局にあるかどうか…。」
「肌が紫に変色して、崩れていく病気!」
「紫に変色して…崩れる病気…。…おい坊主まて。…病気にかかってるのは誰だ」
「妹!」
ガサガサと眼の前に落ちてるものをことごとく拾っていく。
ず、つう、やく。頭痛薬か!…頭が痛いときの薬だ。違う。
次。かん、ぽ? なんだこれ。
自分が本で見たことのない字や、習ったけどよくわからない字が並んでいてよくわからないし難しい。
こんなことならもっとお母さんと勉強しておくんだった。しっかり話聞いて、もっと読んでれば。
少し後悔しながら考えるも、全く読めるようにならない。
仕方無しに、男に振り向いて問いかけた。
「ねえ。あなたこれなんの薬かわかる?」
「…冷え改善の漢方薬だ。」
急に男が近寄って来て腕を引っ張る。僕の両腕をがしりと掴んで目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
僕に言い聞かせるときの父さんみたい。全く違うのに、やってることが表情が父を彷彿とさせた。
男はなんだかかわいそうなものを見るように、僕を見てゆっくりと口を開いた。
「坊主。…お前いくつだ。」
「…たしか14…。」
「…そうか。…何も知らない世代が、こんなに大きくなるほど時間が立ったのか…。」
「なに…?どうしたの。」
何かやられるかもしれないのに、さっきとは違って怖くは感じなかった。ただ立って、男の言葉を待つ。
迷ったように男はゆっくりと口を開いた。
「…君の探している病気にはないんだ。」
「ないって…何…。」
じっと男の目を見た。
家の床に似た…茶色の瞳だった。
この人は何を思っているのだろうか。僕と、ラナとお父さんとお母さんと違う色の瞳。
吸い込まれるように見惚れてしまう。
「…いや、ここに、…ここには治す薬はない。」
「そうなんだ。あなたはものしりなんだね。」
「いや…、そうだな、そうかもしれないな。」
両腕を掴んでいた腕を退けて、男は俯いた。
「まあ、でも症状の緩和くらいはしてくれるだろう。いくつか持っていたほうが良い物を見繕ってやる。」
「うん。」
そうして、ヘルメットを拾い、床だけ照らしてしばらく待っていると男が巾着袋を手渡してきた。
受け取って中を確認すると、いくつか箱が入っている。男が書いたのだろうか、ふりがなと、簡単に言葉の意味まで書かれていた。
「ありがとう。」
「ああ。…こんなことしかできないがな。…坊主、お前これからどうするんだ。」
「家に帰るよ、妹が待ってるから。」
「そうか、食料はどうする。…ここのもん使い方はわかるのか。」
「えっと…説明書かれてるし多分、大丈夫。それに、ここも見つかったから。…しばらくは大丈夫だよ。」
「この灰の中で、どこに何があるのかわかるのか。」
「わからない、けど、どうやって向かうかはなんとなくわかるよ。ずっとそうしてきたから。」
男の人は瞳を開いて、少し驚いたように固まっていた。
そのまま、どうすればいいかわからず僕はその顔を見つめる。
ぎゅっとヘルメットを手で抱きしめた。
「ルイス。」
「僕の名前。ルイス。…あなたの名前は。」
「…ネオだ。」
「そっか、…ねお、うん。覚えたよ。ネオ、僕はもう帰らないといけないけど、もしまたここに戻ってきた時に、あなたがいたら、わからないこと聞いてもいい?」
「…ああ。まあしばらくはここに居るつもりだ。…。その薬の使い方でもなんでもききな。」
少し固まっていたようにみえたネオの表情がすこし和らいで見えた。
僕もなんだか嬉しくなって口が緩んでしまった。
恥ずかしくなって急いでヘルメットを被る。そのまま誤魔化すように僕は首元のつなぎめを確かめた。
「ああ、あと。」
帰る準備をして要ると、少し曇った声が遠くから聞こえた。
そうだ、ヘルメット越しの声は確かに遠かった。
「今度はぶっ壊さずに丁寧に入れよ。わかりやすいように、直しといてやるから。」
男、ネオはそう言って僕に手を振った。
どうやってまた上まで登ろうか、そんなことを考えながら僕は少し楽しくなった。
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