3

初めて家以外の綺麗な建物。


「…わ。」


つい見まわして歓声を漏らしてしまう。

立ち上がる。床が傾いているからかまっすぐ立てなかった。なんとか膝に力を入れて体を起こした。

傾いているからきっと俺が立っているここも床じゃない。途切れた地面から身を乗り出して下を覗いた。


下はどれほど遠いだろうか。床に備えつきの棚がいい感じに足場になってくれそうだ。

とてもくらい。寝る時にカーテンを閉めたときと同じくらいだろうか。上から入って来る微かな光が反射してなんとか見えるだけだ。

こんな暗いところに向かうのは初めてだった。何か、恐ろしい化け物やユウレイとかいうものが出てくるかもしれない。知らなくてとても怖い。けれどもそれ以上にこの先に何があるのかという、好奇心が優った。


少し下のところに、きらりと青緑の鈍い色が反射しているのが見えた。

あれは多分酸素ボンベだ。先ほど落ちていってしまったものだ。


「危ないけど、…取りに行かなきゃダメだよね。」


頷いて下へと身を乗り出した。

地面の端を掴んでゆっくりと体を下ろしていく。

足先で乗り移れそうなところに足を伸ばすもギリギリ足が届かない。


「あっ…!」


するりと手の力が抜ける。

慌てて斜めって壁に足をかけるも立ちどまれずに、おちるように駆け降りて行ってしまう。


ドン、とやっと何か棚らしきものにぶつかって動きはとまる。

同時にバサバサと上からものが落ちてきて、頭部の当った。ヘルメットのおかげで、あまり衝撃は感じないものの振動が響いて気持ち悪くなった。

ぶつけた背中と、足首がジンジンと不快感を増長させる。嗚咽を漏らしつつ大袈裟に呼吸をしてなんとか堪えようと悶えていた。


スー、スー


なんだかいつもと違う呼吸音。その呼吸音だけが小さく響いていた。

意外と音が響かないな。

そんなことを思いながらボーっと正面を眺める。暗くてなんだか同化してしまいそうだった。もうそれでいいかも知れない。


痛みが引いても動く気がせず、そのまま座り込んでいた。

しかし突然灯りが眩しくひかって、無理やり僕を現実に引きずり戻した。

眩しくて、つい目の前に手をかざす。


同時に何かが横から腕に当たった。

勢いが強く、体制を保つことができずに横に倒れる。するとすぐに、上に重みを感じて、何かに腕を掴まれたように押し込まれた。

関節がギリギリと押されて痛い。

しっかりと前を見ようと顔を動かすと、地面に押し込まれてまたもや光を当てられた。

目の前が眩しすぎて、誰が、何が、起こっているのかわからない。

今、この一瞬のうちに一体何がおこったのか。


「い、痛い…、な、何」

必死に出したうめき声あ思った以上に弱々しい。

相手に届かなかったのか、何も変化はない。

動こうとすると何も起こるどころか余計に痛く押される。こんなこと初めてでどうしたらいいのかわからなかった。

心臓が跳ねて、身体中が震えていた。


「どこの団体だ。何しにここにきた。」


頭蓋骨に響くような音がした。声、多分ヒトの声だ。

声が何を言っているかは理解ができた。けど、なんの意味があるのかはわからなかった。


「早く答えろ。どこからきた。目的は。」


怖くて声が出ない。

何を言えばいいのか、どうしたら話してもらえるのか。


「い、意味が…」

「はっきりと喋れ!!このっ!」


ガンっと何かが防護ヘルメットに当たる。

衝撃が怖くて息を呑んだ。


「くそっ」


光が移動して、少し視界が回復する。

だれか人影が見える。


ガチャガチャと、首元の接続部分が外されていく。そして、勢いそのまま減る目とを外された。


ヘルメットを取られてしまう!

空気を直に吸ってはいけないとお父さんにあんなに言われたのに。すぐ死んでしまうかも知れない。怖い。痛いのだろうか、いやだ。


涙が端にたまる。


「…!な、ガキ…?なんで…」


驚いたような声を発したのは、お父さんより毛深くて、ごつい初めて見る人間だった。


涙が流れそうになるのを堪えるも、目端から下に流れていった。

声を出そうとすると空気が喉につっかかる。

「どこからきた。」

返事をしようと息を吸うとまた涙が溜まった。


「どっ…うっ、ゲホっゲホっ」


空気に対する不信感と呼吸のせいで盛大にむせてしまう。余計に涙が流れていく。


「…くそっ…」


上の重さがふっと軽くなる。

押さえつけられていた腕から痛みが消えて、代わりに何かベルトのようなもので腕を拘束された。



「もういい。…怪しい動きを見せたら殺す。」


そう言ってそのヒト…男は僕から離れた。

突っ立って僕をジロリと見下ろす。どうしたらいいのか悩んでるのだろうか。朧げな光では男が無表情であるようにしか見えない。

僕は捕まったのだろうか。家に帰してもらえないかも知れない。

後ろでに拘束された腕ををつかってなんとか起き上がる。動き初めてから警戒しているのか、男はずっと僕を見ている。起き上がってそのまま後ろに、正確には背後にある棚に向かって下がっていった。できるだけこのヒトと距離をとりたかったから、限界まで下がれたら丸まった。

僕も同時に男の人を見ていた。何されるかわからず怖かったからだ。体が微かに震えている。怖い時って本当に体が震えるのか。


「はぁ…。」


男はため息をついて僕と同様に床に座る。片方の手を地面につけて体を支え、片足を立てて座っていた。

どうしたら帰してもらえるだろうか。団体とか、目的とか聞いていた。それに答えたら帰してくれるかも知れない。もしかしたら、この人のお家なのかも知れない。

そう思って、鼻を啜った。

ああ、そういえばヘルメットも取られてしまった。お父さんが残してくれたものの一つなのに。


「……僕は、食料ないか、さ、探してて…ここのものがあなたのなら、と、取らないし、」


小さい声がだんだんと震えてくる。自分でそれに気づいてだんだん涙が溜まった。音が全然伝わらない。


「ここがあなたのお家だったなら、勝にはって、ごめんなさい…だから、お家に返して…。」


家族のことを思って出した声は思った以上に弱々しかった。




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