2070年12月24日

「やべえな。糞ギャルビッチJKの父親になるとか、おれだったら絶対嫌だぜ」


 ボイスチャットから、Borgの野太い声が聞こえてきた。ゲーム内の邪神を退治して世界を救うための、作戦会議中だった。


「しょせん、AIのシミュレーションだって分かってるけど、めちゃくちゃ気分が悪い」


 ぼくはそう言うと、焼酎をぐっとあおる。


「でも意外とAIの精度は高いみたいですよ」


 Moriさんの声が聞こえた。


「そうなんですか?」


「実は私のパートナー、次世代ジムの予想通りだったみたいなんですよ」


 思わず息が止まる。


「なんでそんなことがわかるんですか?」


「いや、実は私も次世代問題参画控除のために、自分のAIチルドレンと会ってたんです。そうしたら、なんとなく子供が欲しくなってきちゃって、婚活パーティーに行ったら、びっくり。私のAIチルドレンとそっくりの女性がいるではありませんか」


「ちょっとしたホラーだな」


 Borgが言った。


「そのまま成り行きで親しくなって、気付いたら今の嫁と結婚していました」


 ぼくは唾を飲み込んだ。


「……ってことは、ぼくに現実で娘が生まれたとして、あんな子になっちゃう蓋然性が高いっていうことですか?」


「そうなりますね」


「ま、いんじゃね。子育ては冒険だぜ。カッとしたら、ちゃぶ台返しでもしたらいいんだよ」


 Borgは男らしい声で豪快に笑った。





「Borg、今日も荒ぶってるね」


 ぼくは言った。ぼくたちはゲームの中で、邪神の待つ島へと向かう船に乗っていた。


「今日もムカついてんだよ」


「どうして?」


「デモだよ」


「デモ?来週の日曜だっけ?」


「ああ。でも許可が下りなかった」


「え?公安条例?」


「そうだよ。マジでふざけんな。交通の秩序がなんとかかんとからしい。民主主義をナメんな」


「デモって難しいですよね」


 Moriさんが口をはさむ。


「デモは民主的じゃないって言う人もいますから。政治家は声なき声に耳を傾けなきゃいけないって。AIチルドレンは現実の世界のデモなんか行けないわけですし」


「冗談じゃねえ。とにかく、おれは許可が出ようが出まいが行くからな。おまえらも来い」


「だから私は公務員だから無理なんですよ」


「ぼくも宮崎だし、さすがにね」


「そういえば、見ましたか?」


 Moriさんは言った。


「何を?」


「このゲームのサービス、終了するみたいですよ」


 キャラクターを操作するおれの手が止まる。


「ど、どういうことですか?」


「このゲームの運営会社は知ってますよね?」


「中国の会社でしたっけ?」


「はい。それが投資ファンドに買収されたみたいなんです。その会社の方針で、サービス終了するみたいです」


 しばらくゲーム内の波の音だけが聞こえた。


「なんだよ。マジじゃねえか」


 Borgが声を荒げた。


「投資ファンドって。ふざけんな。庶民の娯楽に手を出すな」


 ぼくもスマホでそのニュースを見る。アメリカの投資ファンドが中国のゲーム運営会社を買収した。そしてこのオンラインゲームのサービスを終了させるらしい。ちょうどBorgの言っている介護報酬引下げ反対デモの前日だった。


「みんなと一緒にゲームできるのも、もう数えるほどってことですね」


 Moriさんが言った。


「マジでふざけんなよ。あんまりだ」


 オンラインゲーム上での人間関係というのは、ゲームをしなくなれば、自然消滅してしまう。いままではそうだった。たぶんBorgとMoriさんと話すことは、もうなくなる。


アルコールを摂取する手が止まらず、しかも全く美味しくなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る