2070年11月28日

 話は一ヵ月前の金曜日の夜に遡る。ぼく、BorgとMoriさんの3人は、このオンラインゲームで3人パーティを組んで冒険している。この2年間ゲームの中では、何をするにも3人一緒だった。


「マジで金ない……」


 ぼくがそうつぶやくと、すぐにボイスチャットから野太い声が返ってきた。


「ぶっ殺すぞ。おまえ、超一流企業じゃねえか」


 威圧的な低い声の主は、もちろんBorgだ。


「いや、税金高すぎなんだよ。二次嫁のキャラグッズ買って、フィギュア買ったら、何も残んない」


 ぼくは重度のアニメオタク。二次嫁のグッズは生命維持装置に近い。


「ざけんな。おれという真の貧民の恨みを買って、呪われろ」


「Borgさん、言い過ぎですよ」


 Moriさんが言った。


「税金、高いのは本当ですからね。とくに独身の人は何の控除もないですし」


 Moriさんは2児の父親らしい。親になると、性格が丸くなるのか?


「こんなやつ、甘やかさなくていいんだよ。おれだって、独身だぜ。安月給のほとんどを税金でもってかれて、ケツの毛一本残らねえ」


 Borgの操作するオークが、大斧で狼の身体を真っ二つにした。


 ぼくもそれに加勢する。


「七公三民とか、江戸時代なら一揆ですよ。日本の政治はどうなってるんですか?」


「プライマリー・バランス大事ですからね、」


 Moriさんが言った。Moriさんは実のところ、東京都の地方公務員なのだ。


「赤字国債を乱発して、財政問題とか環境問題を将来世代に先送りしようものなら……。政治生命の絶たれた政治家の首塚ができますよ。遠い昔の放漫財政から見れば、考えられない話ですけどね」


「なんでこうなっちまったんだよ」


 Borgが言った。


「それはもちろん、『次世代シミュレータ』ですよ」


 「次世代シミュレータ」、略して「次世代シム」。ここ半世紀で、最大の発明かもしれない。それは、電子空間に蓄積された膨大なデータから、人々の嗜好、交友関係、遺伝子の情報を抽出し、次世代の世界がどうなるのか予測する巨大な国営の人工知能だ。


 そして今や、この人工知能が予測した、まだ生まれてもいない国民、通称「AIチルドレン」たちが、選挙権を持つようになった。50年前ならありえない話だけど、30年ほど前にアイスランドの選挙でAIチルドレンの選挙権が導入されたのを皮切りに、少子化に苦しむ全世界へと浸透していった。


 かくして次世代シムのおかげで、将来世代のことを考えない政治は不可能になったのだ。


「てかさ、金持ちなんだから、あの控除もらえよ」


 Borgは言った。


「あの控除って?」


「『あの控除』って、例の『次世代問題参画控除』ですか?」


Moriさんが言った。


「他に何があんだよ」


 次世代問題参画控除。それは、独身者が次世代シムによって予測された自分の「子供」、すなわち「AIチルドレン」と交流することで、税金の控除を受けられるという制度だ。


「Borgはその『次世代問題参画控除』、受けてんの?」


 ぼくは聞いた。


「わけねえだろ。おれみたいな底辺に、控除もクソもねえよ」


 Borgの職業は、意外にも介護士らしい。ゲーム仲間とは現実世界では一回も会ったことがないので、Borgがどんな人なのかは知らないけれど、イメージは土建屋が似合いそうな筋骨隆々たる大男だ。その巨体を丸めて老人の入浴の介助をしているのを想像して、思わず笑い声がもれる。


「は?何がおもしれえんだよ。貧者をあざ笑うのか?」


 Borgのオークは、ボス狼に突っ込み、返り討ちにあって倒れる。


「おい、Alanのせいで死んだじゃねえか。だれか蘇生しろよ」


「今、手が離せないんですよ」


 僧侶を操作するMoriさんが冷静に言う。


「マジで蘇生しろ。いや、蘇生してください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る