第3話 骸に種

 林の奥、もう森と呼んでもいいほど鬱蒼うっそうとした場所に仕込んだ物がある。

 1週間ほど前に倒した小鬼ゴブリン2匹だ。1匹はうさぎ用の落とし穴にかかっていて、もう1匹はそれに狼狽うろたえている所を後ろから突き落とした。


 小鬼ゴブリンなどの魔物には動物と違い、核がある。種類によって核の場所は違うが二足歩行をする魔物は頭蓋骨ずがいこつの中、もしくは胸の中央が多い。

 小鬼は胸の部分が極端に薄く、腹が出て頭が大きい。核は頭蓋骨の中だ。脳みその中央に核があり、それが原因なのか頭はかしこくない。

 核はかち割って取り出せば魔石になり、納品すれば換金できる。しかし、小鬼の魔石程度であれば草原でも頻繁ひんぱんに倒されることもあり、3つでようやく鉄貨てつか3枚で買い取られる程ありふれている物だ。

 誰が薄汚い魔物の頭蓋骨を積極的に探りたいだろうか……。倒された小鬼の殆どは討伐証明の両耳を切り取られ、核をそのままに埋められる。地表に置いたままだと狼を呼び寄せたり、腐って酷くにおうので埋めるのだ。


 討伐証明も10対の耳で銅貨1枚、つまり硬いパン一つ程で成人した冒険者からすればなんの旨味メリットもない。わざわざ刈り取らず荷運ポーターびの小遣チップいにくれてやっていることがほとんどだ。


 一般人や貴族の中には生き屍アンデッドになるのではと言う者もいるが、小鬼ゴブリンの魔石の買取価格からも見て分かる通り、カス魔石で黄泉返よみがえれるほど命は安くない。

 ドラゴンや優れた魔術師のしかばねの様に、内包する魔力が多くかなり長寿な例外バケモノクラスでもない限り生き屍アンデッドにはならないのが冒険者の中での常識だ。

 そして内包する魔力が多い存在が息絶えることはほぼないし、屍の多くはとむらわれ火葬される、もしくは素材として冒険者に切り刻まれるので生き屍アンデッドになる事は殆どない。




 さて、1週間前に死に、腐った小鬼ゴブリンにちょっと仕込んでおいた薬草がある。

 基本は森の奥深くに生え、魔力が薄いと発芽しない特殊な物だ。林を歩いていた時に鳥のフンに紛れた異様に大きい種と目が合うように見つけ拾っておいたのだ。

 落ちた小鬼ゴブリンに大きな石を上から落として殺した。その時2匹の頭がたまたま折り重なる様に倒れ、何がとは言わないが、ぱっくり見えていたので、もしかしたらと思って仕込んでおいた。

 もし失敗したら種と魔石を回収するのに腐った肉を踏んでを漁りにいかなくてはならない。かなりにおうだろうそれはしたく無かったが組合ギルド掲示板ボードにある依頼クエストは達成すればする程いい。



「……生えちゃってるや」



 幸運にもそれは細いながらもにょっきり生えていた。ポーションの素材の中でも価値が高い。しかも腐肉は肥料になったのかそれほど臭くない。

 幸運尽くしだ。


 以前、大人の冒険者が納品していた物は根が自分の頭を抱え込めるほど大きく立派だった。納品した冒険者は大きな声で泣いていた。どうやら仲間の魔術師を亡くし、混戦ののち置いていくしかなかったらしい。

 命からがら逃げ帰り、亡骸を迎えにいった時には、腐る前に吸い取られたのだろうか。立派な薬草を生やして装備を着た骨になっており取り残した魔物の素材も骨だけになっていたそうだ。


 組合ギルドの書庫整理の雑用依頼をしていてたまたま聞いてしまったが、金に困った冒険者が同士討ちをしないよう、その場にいた人に|緘口令が敷かれ《口止めされ

》た…らしい。

 後でそれとなくこの薬草の採り方を知っているか聞かれたが、その時は雑用依頼が中心だったので薬草の種類すら知らなかった。


 あの立派な龍魔草ドラマナリーフは亡くなった魔術師の頭蓋骨から生えていたのだろうか。


 薬草を取れる様になり、組合ギルドの書庫整理のついでに単価を高くする採取方法や稀少レアな薬草を調べていた時に最高級の魔力増幅薬マナプラスポーションの素材として種と草の絵があった。

 時折見つかる種はすり潰して色々処理(難しい事)をすると粉薬パウダーになる。草から作る液状のポーションの方が遥かに薬効が高いが、育てようとしても芽を出すこともできない為、手に入れるには高額の依頼をかけ、魔物の蔓延はびこる森の奥で危険を冒して採って貰うしかないのだ。しかも見つかるかどうかはわからない。


 金額は時価。あの時の冒険者以来、採れたという話は聞かない。そもそも種を見つける事すら運の要素が強い。育っても種が芽吹いてから1週間で花を咲かせ、花を咲かせた後1日で枯れる。種は必ずしも出来るわけじゃない。

 多くの人間はポーションを作ろうなんて思わないので、稀少レアな薬草の見た目を知らないだろう。精々湿布や風邪薬、お茶がわりになる体力草パワーリーフや瘤草、魔力草マナリーフくらいだ。



 失敗前提で匂い消しまで持ってきたのに…!種が育った、育ってしまった。小躍りしかけた足をぐっと止める。

 近くの木にロープをキツく巻いて穴にゆっくりと降りる。二つの魔石を包む根を傷つけない様に、葉を握りつぶさない様に細く伸びる茎をそっと掴んで引き抜く。


 処理方法は種を拾ったあの時から調べておいた。種なら初心者の強運で済む。…多分。

 しかし、丸々一本はあまりに目立つ。組合ギルドにバレるのはしょうがないが同業者にバレるとまずい。

 価格を損ねない方法で迅速に少しでもコンパクトにして秘密裏に納品しなくては。


 手早く背負った鞄を下ろして簡易卓を出す。上手いかは別として、繊細な作業は好きだ。


 ・細く長い茎

 ・上を向き口を開けたドラゴンの様な大きい葉

 ・ブレスの様に赤く薄ぼんやりと光る猫じゃらしの様な花


 内容は大まかに三分割、花、葉、茎と根。

 花は魔力草マナリーフの朝露の瓶にトグロを巻くように漬け密封。

 葉は茎の所で2枚がくっついているのでそのまま切り離し清潔な布をタオルで濡らし包む。

 茎と根は薄切りの生肉で包み外に魔力草マナリーフを巻いて、その上から麻布で根の部分だけ包む。茎は空気に晒していなくてはならない。細長く網目に隙間の空いた籠に仕舞う。

 自分の腕一本分程の薬草は小分けになり鞄に収まった。


「……っはー。」


 詰めていた息を一度に吐く。座っていたところに小鬼ゴブリンの骨が当たって痛い。


 かなり夢中になっていたようだ。太陽が上ろうとしている。森が騒がしい。魔物が起きる時間が近づいている。

 いや、もう起きてきているかもしれない。日差しが届きにくく時間があやふやになっている。

 早く納品に行かなくては。

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