第2話 朝露と薬草採り


 まだ薄くもやがかかった林を音を立てないように歩く。

 片手にはスポイト、反対の手の小瓶には10分の1ほど貯まった薄緑の液体。今日は5分の1まで貯まればいい方だろう。

 一瓶を1日の採取で満たすのは一人では不可能だ。

 なんせ、薬草の中でも育ちきったものからしかスポイトで採れる程の大粒のつゆを採取できない。

 しかも、育ちきっても精々が子どもの鳩尾みぞおちほどの草丈だ。大人では一瓶集めるまでに腰を悪くしてしまう。


 サワサワと風が草を揺らす。小瓶を葉に当てて茂みを行けばすぐ瓶は露でいっぱいになるだろう。しかし、自分も露で濡れ鼠ぬれねずみになるし、純度が下がってしまう。


 雑草の露は集めない。

 単一の薬草から採れる露こそがポーションの質を上げる優れた溶媒ようばいになるのだ。

 間違えれば時間をかけて集めたメシの種があっという間にゴミになってしまう。


 今日集めているのは体力草パワーリーフの露だ。これを使えば体力薬パワーポーションの質を上げることができる…らしい。

 体力草パワーリーフの茎はまっすぐ生え、細く出た枝に互い違いに生える葉は丸く、てっぺんの先端に着く葉のみがハートの形をしているのが大きな特徴だ。

 ただてっぺんの葉は草食動物の好物ごちそうで、露が採れる程に成長したものは全て丸ごとかじられていることが多い。てっぺんの葉はポーション全般に使用される基本の素材で、一本の体力草に一枚しか生えてこない。よっぽど美味しいのだろう。


 これによく似た薬草がある。

 瘤草こぶそうだ。奮起薬アタックポーションに使われるので需要がある薬草だ。

 体力草との違いは地面の近くの茎が膨らんでいる事、てっぺんの葉も丸い事。


 同じ薬草でも瘤草から露を採ればゴミ。今までの準備と努力が水の泡だ。体力草パワーリーフの露100%の物しか価値がない。

 地面近くの瘤さえ見ればわかりやすい。しかし瘤の所が埋まっていることもあるし、体力草パワーリーフが群生してる所に一本だけ混ざっていることもあり気が抜けない。


 瘤以外の見分け方は葉脈太さと葉の厚みだけだ。瘤草の方が葉脈が太く盛り上がり2倍ほどの厚みを持っている。葉が大きい個体はそれですぐわかる、なんだかムキッとしている気がするのだ。


 よく見ながらひたすら体力草パワーリーフの露を採る。もちろん敵にも気を配りながら。

 まだ日の差す林は静まり返っている。小鬼ゴブリンや蛇などは太陽が登りきってからじゃないと起きてこない。

 警戒すべきは虫や鳥だ。うっかり巣に近づかない様に耳を澄ませながら採取する。





 日が昇りきる前に目標である5分の1を集めることができた。こぼれないようにキツく栓を差しタオルで包み、仕舞う。

 あと四日でこの小瓶を満たし組合ギルドへ納品できる。つつましやかに過ごせば1週間分の食費にはなるだろう。


「ん ん゛ぅ」


 しかし、瘤を見落とさないように屈みながらだと子どもでも腰が曲がってしまいそうだ。大きく背を伸ばしてから、鞄から糸切りハサミ竹籠たけかごを出す。

 籠は細長く、バンドが二つ付いてて太腿の横に固定できる。薬草は縦の方が潰れずに品質を保てるので束ねて差すように仕舞うのだ。

 時間はない、昼までに薬草を採取し、納品しなくてはならない。昨日の仕込みが上手くいっていれば、昼食の串焼きが一本増える……いや、剪定鋏せんていばさみを手に入れるのに一歩近づくかもしれない。


 露を採った体力草パワーリーフは育ち過ぎているので硬く、手に持つ親指と人差し指の根元で扱えるような小さなハサミでは切れない。草むらに隠れて陽に当たらない若い株から採っていく。


 体力草パワーリーフのてっぺんは林の動物に食べ尽くされているが、他の葉でも弱いながら薬効があるのだ。すり潰して塗れば手荒れやささくれに効き、酒に浸ければ傷の化膿止めになる。

 5歳の時に転んで怪我をして近所の親父さんに吹きかけられたことがある。汚いと奥さんに怒られていたなぁ……。

 出来るだけ上にある若い、先の方から切り取るべし。


 瘤草は小さい株を引っこ抜き、根を残して瘤から下を採る。切り取って残った茎と葉は地面にブッ刺しておくと何故か一部の株は復活する。すごいど根性だ。

 厳しい環境でも大丈夫なのか瘤草は固まって生えてる。鋏で切れるギリギリの大物は草の汁が染み付いた硬い手袋でしっかり掴んで腰を下ろし、体重をかけて引っこ抜く。


「ふん゛ぬっ……ぬ゛ぅっ」


 引っこ抜、


 なかなか抜けな゛ぁっ






 ____一本釣りした大物の瘤草が放物線を描き、受け身をとったまま飛んでいく先を見る。鞄を降ろしていてよかった。瓶を割らずに済んだ。___



「ふげっっ!」ゴチッ


 後ろに転げた先に硬い木の根が出ていた。もしかしたらお尻は4つに割れ、頭には瘤が出来たかもしれない。

 飛んでいった瘤草は木に引っかかった後、痛みにうなっている間に地面に落ちた。


「おーいて、あたた…。」


 ゆっくり立ち上がり拾う。

 やれやれ、なかなかの強敵だった。

 切り取って瘤の上の余った茎を束ねて仕舞う。大が2個に小は12個程採れた。頭の瘤を合わせたら大3個…なんて。



 ふぅーー

「もう瘤はいいや!」


 薬草採りの時間はそろそろ終わりだ、採った物がしなびてしまう前に納品しなくてはならない。最後の採取場に駆け足で行く。


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