第2話
「リク...!」
僕はお姉さんに付けてもらった名前を何度も心の中で言い直す。
お姉さんは静かに微笑んでこっちを見ている。
何も記憶がないからかもしれないが、まともな名前なんて始めて付けてもらったような気がする。
お姉さんの家に来てから1週間が経った。
「あ、そうだ 今日の夕飯の材料無いから買いに行こう、リク」
心臓の鼓動が早くなる。
「顔真っ赤だよ。ほら、行こう」
わざわざ指摘しないで欲しいものだ。
少し身支度をして、家を出る。
いつ歩いても、このスラムは怖い。でも、何があってもお姉さんが守ってくれる。そんな気がした。
「そういえば、お姉さんの家はスラムとは思えないほど綺麗な家ですよね」
来た時から思っていたが、お姉さんの家はスラムにある他の家とは見るからに違う。普通の住宅街から、そのままスラムにワープしてきたかのような存在感があった。
「あーまぁね 私、スラムの生まれじゃないから」
色々疑問が浮かんだが、それを口にする前に
「あと、お姉さんじゃなくてアネモネって呼んで」
なんだか恥ずかしくて口を開けなかった。
少し経って、
「じゃ、じゃあアネモネさん...で」
やはり呼び捨てはハードルが高い。
「もう、つれないなぁ」
お姉さ...アネモネ...、は頬を膨らませていた。その仕草が可愛くて、少しドキドキする。
「手でも繋ぐ?」
「いや、大丈夫です」
僕は即答した。
そうこうしている内にスーパーに到着した。スラムを抜けて少し歩いた所にある、富裕層も利用するビルの1階に佇むスーパー。どうしてスラムに住んでいるのか、謎は深まる一方だ。
「夜ご飯、何か食べたいものはある?」
食べたい料理と言われても、全く思い浮かばない。僕が今まで何を食べてきたかすら覚えていない。
「何でも大丈夫です」
そう答える他なかった。アネモネは少し考えると、色々な商品を手に取って、カゴに入れ始めた。
アネモネは自分と3、4歳程しか離れていない筈ではあるが、まるで母親かと思わせる強さがあった。そういった所に僕は惹かれていったのかもしれない。
買い物を終え、他愛もない話をしながら歩いていき、スラムに佇む違和感しか無い家に入る。
「ただいま~」
アネモネが背伸びしながら言う。
「荷物ありがとね」
食べさせて貰っているのにアネモネに持たせるのは悪いと思い、僕が持つと言って持ってきたのである。
「全然大丈夫です」
「さて、ご飯作ろっか。リクはお風呂にでも入ってきて」
スラムにある事以外は普通の一軒家なので、もちろんお風呂もある。
「ありがとうございます」
そういって僕はお風呂に入る。
お風呂から上がる頃には夕飯が出来ていた。
「食べるよ~」
アネモネが呼んでいるので、急いで行く事にする。今日の夕飯はなんだろうか。期待に胸を膨らませながら食卓へ向かう。
食卓に並べられた料理は、見たこと無いようなものがほとんどだった。明確な記憶がないため根拠はないのだが、そんな気がした。
「これは何て言う料理ですか?」
アネモネは
「パスタって言うんだ」
と自慢げに答える。得意料理らしい。
「食べよっか」
いただきます、と声を揃えて僕とアネモネは“パスタ”を口に運ぶ。
「美味しい」
もちもちとした食感にトマトで作られたソースが絡んでいて、思わず美味しいと口に出てしまった。
「良かった」
そう言って、アネモネは微笑んだ。
夕飯から結構な時間が経った。僕はアネモネの寝室にあるベッドの横に敷いた布団で寝ることになった。僕がベッドで寝ること
になりかけていたが、流石にベッド権はアネモネに返却した。
僕がアネモネのところで暮らし始めて数ヶ月が経った。
いつも通りカーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます。ベッドを見ると、既にアネモネは起きていた。いつもは起きるのが遅いアネモネが僕より早く起きていて、普段は四六時中騒がしいスラムが、やけに静かで妙な胸騒ぎがした。リビングに行くとアネモネが
「リク、私と一緒に来てくれる?」
と聞いてきた。僕はなんの事だか分からなかったが、他に行くあてもなければアネモネがいなければ生きて行けない僕は即答した。
「もちろんです」
アネモネはこっちを見て微笑むと、
「〈伝言〉“メッセージ”」
と呟いた。その瞬間、アネモネを魔法陣が包む。
“クリュメスラからフリューギアまで、お願い”
「行こう」
いつもとは違うアネモネの声音。もう今までの日常は帰って来ないのだと、僕は悟った。
失敗作なんて言わせない。 ぐみ @GuM_MiG
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