第1話
彼に記憶は無かった。
自分が誰かも。どこで生まれ、どこで育ち、どうしてここにいるのかも、全て。
徹底した管理体制の下育ち、物心着いた頃には様々なテストを何度も何度も受けされられていた。研究者達は何度も同じテストを受けさせては彼に
「本気でやれ!!どうして超えられないんだ!!」
と激怒する。そんないつも通りの一日を終えて、いつも通り寝床につく。眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。彼はそのような毎日に一切疑問を抱かなかった。彼は外の世界を知らないから。
意識が戻る。ゆっくりと身体を起こす。
見慣れない天井、嗅ぎなれない空気、聞き慣れない音。なんとも言い表せない違和感を覚える。ここはどうやらいつもの寝床とは違う場所らしい。
周りを見渡すと1人の男が立っていた。
男は白衣を身に纏い、目元にはクマができていた。
「行け。お前には才能がある。この世の中を正す事が出来るたった1人の人材だ。...ついてこい。」
男は言うと同時に歩き出す。
僕は男に言われた通り、男の背を追いかけた。
僕はあれからどのくらい歩いただろうか。
謎の男にかけられた言葉が何度も頭の中で流れる。
(世界を...正す?)
僕には全く意味が分からなかった。この世界に正すべきものがあるのか、それすらも分からなかった。
そんな事を考えながら歩いていると、目の前が赤く光り出す。
「被検体O-92310が脱走しました」
警報音と共に警備員が走ってくる。
「嘘だろ...走るぞ」
僕は男と一緒に必死に逃げ続け、曲がり角に差し掛かった。 奥から警備員が来たのが見えた。
「なぜだ...全ての監視カメラの管理システムは破壊したはずだ!」
男は頭を抱えて叫んだ。その瞬間僕は警備員に腕を掴まれる。よく分からないが、身の危険を感じ必死に抵抗するもビクともしない。終わりだと思っていたが、突然鳴り響く轟音と共に僕の腕を掴んでいた警備員の力がいきなり弱くなる。後ろには、別の白衣の男が自動小銃をもって立っていた。
「逃げろ!俺らの希望なんだ!!」
その言葉を背に必死に走る。
若い男の断末魔を背に、出口を出た。
そこから意識を失うまで走り続けた。
目が覚めると、そこは全く知らない土地だった。起きた瞬間、酷い不快感に襲われる。咽るような匂いが充満したこの街を、彼は知らなかった。
「起きたみたいだね。君はどうしてあんなところで倒れていたの?」
後ろから声が聞こえる。若いお姉さんで、赤く鮮やかな髪を肩まで伸ばした美人が声の主だった。
「...」
口が開けなかった。あんなに沢山の事があったのに。
「まぁいいか 私の名前はアネモネ。あなたは?両親は?」
「両親...?名前...?」
僕は分からなかった。そうしているとお姉さんは申し訳なさそうな顔をして、
「ごめんね、なんか悲しい思いにさせちゃった?...」と焦っていた。
それからはお姉さんの家に泊めてもらうことになった。自分が誰なのか、自分の両親は誰なのか、あの施設はなんだったのか。
その謎が、解けるまで。
「泊めてもらって、ありがとうございます」
「こんなスラムの一角で良いなら私はぜんぜん良いんだよ。逆に申し訳ないくらいだよ。」お姉さんはコーヒーを淹れながら話す。お姉さんがボソッと何か呟いた気がしたが、僕は気にしなかった。
「スラム?」
「スラムって知らないの?そこの窓から外見てみて。」
言われた通り、外を眺める。
そこには想像を絶する世界が広がっていた。
「ここがスラム。日々銃声が耐えないし、顔を知ってる人が撃たれるのを見ることなんて日常茶飯事。AIの発展でこうなっちゃったんだけど、人間は前に進めてるのかねぇ。」
お姉さんは続けて、
「ギャングの人達は職を失ってどうしようもなくなって犯罪に手を染める。でも犯罪に手を染めてしまったら余計に社会に復帰できなくなる。悪循環なんだよ。ギャングは生活の為に自分たちの縄張りの中で違法な商売をする。だから縄張りを奪われると生きて行けない。ただでさえ生活にもがいている人達の集まりなのに、その集団同士が足を引っ張り合ってる。本当に地獄だよ。」
スラムというものに言葉が出ない。
本当にこんな世界が広がっているのか、自分の目を疑った。それでも、すぐにお姉さんが言っていることが嘘ではない事が分かった。
謎の男の言葉の意味が、少しわかった気がした。
「そうだ!君に名前をつけてなかったね。君が名前を思い出すまでの仮の名前、考えてあげよう
うーんそうだなぁ...」
お姉さんは数秒悩んだ後にこう言った。
「リク」
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