凍てつく目覚めの朝・・・『わたくしの知らぬ恋敵?』

 ああ、窓から差し込む日差しがどういう訳か瞼にぴたりと直射し目が覚めた。見ず知らずの他国の王の隣でこんなにぐっすりと眠ってしまった。


 サンサ殿下は小さな寝息を立てている。私はベッドから降りて殿下の方へ回る。

 声をかけるべきか、このまま部屋へ戻るべきか。

 眠りこむ豹は、今だけはあの鋭い目を閉じ猫のよう。本当に余命僅か?顔を眺めながら殿下の長く艷やかな黒い髪についた白い糸くずをとろうと手を伸ばす。


「ひゃっ」


 私の手首をガシッと掴んだ殿下は鋭い目を開けた。

 なんという神経……。


「何をしている」

「あ、申し訳ございませんっ。糸くずが……か 髪に」


 手を離し、頭を振りながら殿下はさっと起き上がりじっとこちらを向いた。しかし糸くずはついたままですけれど。

 その瞳は朝の冷え込みと共に凍ってしまったのか青みがかった黒い瞳で冷ややかな視線を送ってくる。


「わ 私は部屋へ戻ります」

「直に朝食が来る」

「朝食……」

「要らぬのか?」

「いえ、あ いただきます」


 起きたままの姿で丸い机を囲む。サンサ殿下が私の頭上をじろりと見ている。手をそこに運ぶとくしゃくしゃに絡まった髪がまるで鳥の巣のようになっている。昨夜髪を洗ったから……。私のコシの無い髪はほぐすにも手櫛すら通らない。


「あっ燕が住み着いてはいませんかね……」


 冗談など通じないのか殿下は片方の眉を上に引き上げる。


「……卵あたり埋まっているのではないか」

「た 卵」

 まさか、私の冗談にかえしてくれるとは驚いた。そして少しだけ緩めたその口元にほっとする。

 昨夜私に触れることはないと言われた時よりさらにほっとした。



「失礼いたします 朝食をお持ちいたしました」


 運ばれてきたのは、粥と何かの実の蜜漬け、そして茹でた卵。


「卵……」

 私はまたそう呟き殿下を見ると、目だけ少し笑った様な気がした。


「あ、ありがとうございます。頂きます」

「え は はい。失礼いたします。」


「何故、女官に礼を言う?」

 何故礼を言う?子供にするような質問をする殿下の意図は分からないけれど、


「それは……わざわざ食事を用意され運んでまで頂いたからですが……」


「そうか」


 殿下は卵をがぶりとかじる。私も同じように、同じ順で食べようと卵をかじった。その時、黄身だけがぷるんと飛び出し机に転がる。


「あっ失礼を」

 急いで黄身を摘み上げ口に放り込んだ。


「ごほっごほっごほんっ」

 殿下は喉をつまらせたのか咳き込む。


「大丈夫ですか?!お お茶を」

 私は立ち上がり急いで急須の茶を注ぐ。その間何も言わず殿下はこちらを観察するように見ていた。

 お茶を注ぐのも珍しいのだろうか。まさか、そんな訳はないでしょ。


 最後に残るは何かの実の蜜漬け。

 殿下はそれに手を付けない。私は自分のそれを口に入れる。甘い……美味しいっ。酸っぱさと甘さの織り成すこの至福……。

 無意識ににやけてしまう頬を引き締める。


「これもいるか?」

「あ、良いのですか?」

「ああ」


 殿下のも頂く。


「セリ、弓はどこで心得た?」

 ああ、やっぱり弓を射たのは間違い……カヤさんやタオさんに色々聞きたいのに、聞く前にこんな……。


「ええっと、何故でしょう……試してみれば案外容易に出来ました」


「ん?……弓術をなめておるのか?」


「ま まさか。そんな……私ごときが殿下には敵いません。まぐれです……まぐれ」


「ならば、私と勝負するか?」

「……あ」

「それから、お前は私を殿下とは呼ばなかった。」

「そ そうでしたか……ではなんとお呼びすれば?」

「知らぬ」


 大した会話もなく、いえ。会話の掴みどころがなく朝食を終え私はやっと部屋へ戻り燕の巣を撃退しようと鏡台に向き合う。


 すると、背後に立ち鏡越しに映り込むのはタオさんではなく、どこかの姫様?

 朝からばっちり紅を差したそのお方は私に明るい声音で語りかけた。


「セリ、久しぶりね。記憶が無いとは哀れなこと。一走り参ろうかと誘いに来たのよ」


 椅子から立ち振り返って一礼する。

「あの、失礼ですがどなたでしょうか?」

「やだっ私も分からないのね。ユアよ。」

「失礼いたしました。ユア様」

「難しい話はいいわ。さっ参りましょう。」


 カヤさんはまだ姿が見えない。カヤさんに聞きたいことも打ち合わせすべき事が山ほどあるのに……言われるがままユア様に連れられ外へと出て馬小屋へ急ぐ。


「乗れるわよね?」

「はい」


 二頭の馬を走らせ城を出て長い坂を下りたどり着いたのはどこかの屋敷前。


「一休みよ。さっ入って」


 ユア様の屋敷のようで、剣を差した男が見守る中私達は机を囲み、お茶と砂糖で出来た蓮の花のお菓子を頂く。

 女中がうぐいす色の茶を高くから音を立てて注ぐのを見つめる。何を話せば良いのかしら。


「あの、私は記憶が無いものでえっと、ユア様は私のお友達ですか?」

「お友達?あはははははっ。そうとも言うかしら。または恋敵?」

「恋敵……?」

「私はサンサを小さい頃から知っている。大きくなったら結婚するはずだったわ。」

「ああ……」


 なんとなく、刺々しい視線の謎が解けました。はあ、そういう事か……これはまた少々やっかいかと私は蓮の花に手をのばす気を無くす。

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