わたくしに消えてというユア様・・・『なにも分からないのに』

「ねっ、セリ、セリは神託に縛られて、それが嫌で逃げたのにまた捕まったのでしょ?でしたら……もう一度消えて?」


 ホロホロと崩れる砂糖菓子を頬張りながら実に愉快げにユア様は怖いことを言う。


「……けれど、神託によると私が妃であるべきで、それに傍にいなければサンサ殿下は……」

「死ぬ?」

「…………」

「きゃははは それを信じているの?それを気に掛けるような女とは思えないんだけど」

「え」

「元はといえば、あなたがサンサを苦しめたからそうなったんでしょ?神託なんて、どうせ強欲なあなたの家族が大金を積んで言わせたのよ。」


 家族?全く知らない話にまるで他人事のように聞く私にユア様はため息をついた。


「白を切るのね?記憶……あるんでしょ?」

「いえ……本当に分かりません。何も分かりません」

 大きな瞳をぎょろりと開き疑いの眼差しを向けるユア様だけれど本当に分からないのなら、分かりません。これに尽きる。


「まあいいわ。ひとっ走り行きましょ」

「お供いたします ユア様」

「いいわよっ。行きなれた森よ」


 ユア様は護衛を断り私の手を引く。そのまま馬に乗り彼女の後を追った。


 桃色の衣を靡かせ、走るユア様は森の中でぴたりと止まる。真っすぐ背の高い木々が生い茂る深い森。


「ここ辺りかな、よくサンサと競争したのよ」


 サンサ殿下との思い出を語るユア様は恋する乙女の顔をする。

 その恋叶えばいいですねと言いたいが、私はあくまで王妃セリ役らしいから、そこは何も言わずに流すことにしておこう。


「さっセリ、競争よ。あの先まで先に着いたほうが勝ち」

「あの先?赤い花が咲くあの木ですか?」

「あの木を越えたら少し下がるけど、まだ続くわ。その先の池の手前までよ」

「……はい」

「私が勝ったら城を去ってくれる?」

「そ それは……私には決められません」

「んー。はいっじゃ行くわよ。よーいっ はっ!」


 私達は一直線に手綱を強く張り馬を蹴る。

 どうやら私のほうが速そうっ。負けてはややこしくなりそう。私はさらに速度を上げる。


 ヒヒーンッ


 なに?馬が前足をあげた。馬から落ちた私は山肌の坂を転がり木々にぶつかるも更に下にどんどん転げ落ちる。


「セリー!!!」

 ユア様の叫び声が遠くなる……どうしよう

 転げながら身を任せるしかないほどの急な斜面。

 痛い……。



 ◇


 気が付くと、辺りは薄暗い……そして寒い。

 たしか転がったのはあの上から?え?!

 衣は枝に引っかかりずたずたに破れている。ああっ怒られそう。いえその前に戻らなければ…….。どうやって……とりあえず、登ろう。


 斜めに横に少しずつ足を運ぶ。日が暮れたら獣が出るかも……急がないと、こんな場所で夜を明かすなんて無理。絶対無理。


 ユア様はどこへ?見捨てられたの私?!または何処に転がったか分からないくらい転げたのかしら?

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