化けの皮が剥がれるまでは待つとしよう(サンサ視点)

「タイガ、あの娘はまことにセリだと思うか?」

「そりゃあそうでしょう。あの様子では芝居にも見えませぬ。俺の呼びかけにはびくっと怯えたように返事し、女官には腰が低く、あのタオにもペコペコ頭を下げ従う。痩せてまるで別人のようではあるが、記憶が無いのはたしかでは?」

「弓に長けている」

「は?」

「私と同じように的を射た」

「……セリ様とこれまで弓を射たことは?」

「ない……。しかし弓など触ったことすら無いはずだが……。」


 それにあの瞳……記憶をなくすと瞳の色が変わるのか。少し薄い茶色になった気がするのは気のせいか。


 まあ何故戻ったか、戻らされたのか、記憶が戻るか、化けの皮が剝がれれば明らかになろう。


「殿下 セリ様のお支度が整いました」

「なんの支度だ?」

「え?あ あのタオ様が……寝間の準備をしろと仰せでしたので」


 また、タオの節介か。記憶もない裏切り妃を抱くはずがない。いや……未だかつて抱いたことはない。神託により仕方なしに妃とし、表向きだけの夫婦であった。

 私はタオを呼びつける。


「気が早いのではないか?私はあの者を許しはせぬ。」


「はい。しかし管領かんれいらがセリ様が戻ったなら殿下の余命宣告を無きものとするために、是非ともお二人を近づけよと言っております故どうか……殿下」

「……同じ部屋で眠れと?」

「さようでございます」



 夫婦の部屋とし用意された寝間へ行くとセリは薄手の青の衣を纏い長い髪をおろしていた。

 朝晩冷えるこの城に吹き抜ける夜風が冷たいからか、はたまた私を恐れてか、拒絶するためか震えて見せているようだ。


「寒いか?」

「い いえ 大丈夫でごさいます」

「私が怖いか?」

「いえ……」

「案ずるな。お前に触れることはない。」

「……はい」


 財産狙いなら、ここぞとばかりに女の顔を武器に迫ってくるだろうと、私は構える。そんなもの即座にねじ伏せてやる。


 散々、散財しこの部屋も無駄なほどに飾りあげ、高価な布や貴金属を集め。戦に出る兵や私にも知らぬ顔。

 女官は犬のように扱い、機会があればより財をなす南の国に亡命し妃になると言いふらしていた。


 そんなお前が、記憶を失い戻るなど都合が良すぎる。遺産目当てに決まっている。



「このお部屋は凄いですね」

「お前の趣味で大金をかけたのだろう」

「……あら もったいない」

「は?」

「けれど煌めく宙に浮く星のようで、窓の飾りも……美しいです」

 自分の散財グセに目を輝かせて見惚れるとはやはり救いようがない。


「セリ、私が送った首飾りは?」

「え……わ 分かりません」

 と胸を押さえる。本当は翡翠の腕輪を送ったのだが、やはり記憶はないのか。腕を見る仕草はみせない。


「まあ良い。記憶があるや無いやらに付き合っている暇はない故、寝る」


 私がベッドに入ると、反対側からセリも入る。

 こうして、私が死ぬ日まで見張るつもりか……。

 ん?


「何をしておる?」


 先ほどから微かな揺れを感じ堪らずに私はセリの方に寝返る。

 驚いたように目を見開き

「ああっ申し訳ございません。あまりにすべすべした布が気持ちよくて……つい 久しぶりの布団で」

 と笑う。やはり記憶がないのか?頭がおかしくなったのか。


 どうやら足をこすりつけていたようだ……。

 奇妙なセリを背にし私はとりあえず眠りについた。

 戻って初日は大人しくするようだ。

 大人しくする心構えには一点をやろう。

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