エピローグ3 そこへ至るために

アエはその手紙を丁寧に折りたたみ、白衣の内ポケットにしまった。

そしてまだ途中であった荷造りを再開し、素早く完了させた。

しかし―――


「遅い、早くしろっ」


ぽかっとアエはトゥデの頭を軽く叩き、準備の手を急かしたてた。


「この腕じゃ無理っすよ~」


トゥデは涙目でそう言い、右腕をこちらに主張してくる。その目の中には理不尽に対する抗議が見える。が、それはアエの一睨みによって封じられてしまった。


「くうぅぅぅん」


子犬のような鳴き声を鳴らしつつも、トゥデは骨折していないもう片方の腕だけでてきぱきと荷造りを進める。


以前、彼女らは親友であった。が、今そうではない。

なぜならトゥデがアエたちを紅華に売ったからだ。

まあ別に―――トゥデにはアエたちを庇い立てる義理などないのだからそうするのは当然なのだろうが、その被害を被った本人からすればそう簡単に納得できるものではない。


アエはあのあと、殻に籠もったトゥデを引き摺り出した。そして我にもなく苛烈に、一方的な暴力を働いた。腹の傷などものともせず―――。

その結果、トゥデは右腕を骨折。全身打撲。

本当にこれは自分がやらかしたのか、と思ってしまうくらいの惨状を完成させてしまった。


アエはなんの罪悪感も抱く間もなく、その場を後にしようとする。トゥデが頼りにならなくった今、ここに長居しても良いことはない。

しかしそんなとき、トゥデがアエの白衣の掴み、引き留めてきた。


―――“あたしも連れて行ってくださいっす・・・・・・。”


どういうことだと、アエは訝しがったが、その理由は単純明快だった。


このトゥデの家で、紅華の兵士は皆殺しにされた。普通、この家の主であるトゥデがなにかしら関与したと疑われるだろう。

それにその死因も奇妙すぎる。外傷はないのに、臓器だけが破壊されているのだから。

そういう暗殺薬を科学者トゥデが作り上げたのではないかと、突拍子もない勘ぐりをされればトゥデの命は更に危うくなるだろう。

トゥデは初対面の相手には凄まじいほどの人見知りを発動する。だから弁明も出来ないだろう。

―――よってアエを頼るしかなかった。

どうせこれから紅華のお尋ね者となるのだから、仲間同士、一緒に助け合おうと、提案してきた。どの面下げてそんなことが言えるのかわかりかねるが・・・・・・


恥知らずのトゥデにはお似合いの理由だ。

普通であればその提案は一蹴すべきだが、アエは一考した。

トゥデの知識量や、頭の良さはアエ自身よく知っている。いづれ役立つ日が来るかもしれない、と考え、アエは渋々その提案を受け入れた。

しかしその関係は以前のように対等ではなく―――


「こらっ、手を止めるなっ」

「まだ傷が痛むんすよっ!」


こんなふうに、少々(?)上下関係が厳しくなっていた。


それから数分が経過し、トゥデの準備がやっと完了した。

アエはその間に最後の荷物確認を行った。

準備は万端。いつでもここを発つことが出来る。


アエは荷物を持って、外に出た。

時刻は午前九時半。天候は快晴。出発にはうってつけだ。


アエは空っぽになったトゥデの家をぼんやりと眺めた。兵士の死体は森の中へ埋葬しておいた。

もうじきヘリックが帰還しないことを不審に思う紅華がこちらに向かってくるだろう。その前にここから離脱しなければならない。


アエは扉を閉め、歩き出す。それに従うように、トゥデが遅れてついてくる。まだ傷が痛むのか、ややぎこちない歩き方だ。それに荷物が多いため若干苦しそうに見える。


「ちょ・・・―――、もうちょっとゆっくり歩いほしいっす・・・」


涙目でそう訴えかけてくる。アエはそれに対して返答はすることはなかったが、少しだけ歩幅を狭くして、移動速度を緩めた。

―――“しょうがないやつだ。”、と思うと同時――――――


「大丈夫か? 荷物持つよ」


と、気遣う声が後ろから聞こえた。


「そんなことしなくていい。そいつはそれだけのことをしでかしたんだから」

「そうもいかないだろ。ここでトゥデが倒れたら余計に厄介だ」


そう言い、トゥデの荷物を半分持つ。


「あ、ありがとうっす・・・アダン先輩・・・」

「なんで先輩なんだ?」

「感謝の気持ちっす!」


トゥデは元気よくそう言った。アダンはこういう人間と話すのは初めてだった。底無しの明るさというのだろうか、アダンはそこに少し惹きつけられるのを感じていた。


「アダン、こっちに来なさい」

「? は、はあ・・・」


しかしアダンのそんな感情を何かと勘違いしたのか、アエは少し不機嫌そうな顔で命令した。

アダンはその命令に素直に従い、アエの隣まで向かう。

しかし―――そうしたからと言ってなにかあるわけでもない。その命令には明確な目的など含まれていないのだから・・・・・・。


アダンとトゥデは顔を見合わせ、互いに首を傾げた。


「・・・トゥデが初対面の人間にキョドらないとは、珍しいね」


アエはその行いを誤魔化すようにそう言った。


「そもそもアダン先輩って人間なんすか? あの帯といい、もう人間じゃないっすよ。だからなんていうか・・・規格外すぎて人見知りよりも好奇心が優勢になっただけっす」

「・・・そ、そうか」


アエは困惑しながら頷く。時々トゥデのことはわからなくなる。


「アダン先輩、もう一回、あれやってみてほしいっす! あれあれ!」

「これか?」


と、一芸をねだるトゥデ。アダンはそれに応えるように、腕を帯のように揺らめかせて見せた。

まるではしゃぐ子供とそれに仕方なく付き合う父親のようだ。


アエはその家族のように接する二人を見て、少しだけほっとした。

そして―――それは自然の成り行きなのか、それとも無意識か、アエは隣にいるアダンの手を握っていた。


「アエ?」

「ん? ああ、ごめん」


手を離―――そうとした。しかし、出来なかった。いや、したくなかった。


「ちょいちょい何してるんすか。抑制薬の効果があるとはいっても、いつ異族の忌避が出てしまうのかわかんないんすから」

「確かにそうだな」

「―――あ」


アダンはなんでもないように握られた手を外し、そのまま歩き出す。

なぜだか―――後ろ髪を引かれるような思いであったが、アエもそれに続く。


「アエってなんで異族の忌避が出ちゃったんすかね? 今まではなんとも無かったのに?」

「それは俺も気になっていた」


途端、アエは二人に見つめられる。アエ自身は、異族の忌避が発現してしまった原因をよく知っている。

だが―――ここでそれを打ち明けるのは相当にはばかられる。


「言えないよ・・・―――」


二人にはとても聞き取れないような声量でそう言った。

そんなアエはさきほど、握ったアダンの手の感触を思い出しながら、赤面していた。


「ははぁ~~~ん・・・」


と、そんな仕草を見逃すトゥデではなかった。彼女は嫌に察しが良い。


「やりますなぁ! アダン先輩」


トゥデは茶化すようにして、アダンの脇腹を叩く、が――――――


「あ、いったああぁぁぁぁ!!!」


誤って骨折しているほうで叩いてしまった。トゥデは痛みの余り、その場で転がり回る。


「なにやってるんだ・・・全く」


アダンは呆れながら、トゥデが落としてしまった荷物を拾い上げる。


しばらくのたうち回って満足したトゥデは、見た。

―――二人並んで歩むアエとアダンを。

その互いの歩幅は一定で乱れることはない。苦楽を共にして、絆を深めていったのだろうと、そう思った。


「どうして―――アダン先輩はこの世界に残ろうなんて思ったんすか? 先輩は自殺したがってたって、聞きました。確かにこの世界は混血には優しくない。それこそ死んだほうがマシなくらい。でも、先輩は今ここにいる。その理由、聞いてもいいっすか?」


トゥデは声の調子を落とし、厳かに問いかけた。いつものおちゃらけた雰囲気とはどこか違う。


「―――」


勿論、アダンもそれを肌で感じ取っていた。彼女は真剣だ、と。


―――生きることの再選択。

アダンはちらとアエのほうへと目をやり、そこに至った過程を今一度、考えるのだった。

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