エピローグ2 事の顛末
荷物をまとめる。
トゥデの家には大量の保存食の備蓄があった。おそらく引きこもり生活をより充実したものにするためのものだろうが、これには素直に感謝しかない。
―――これからの長旅。
その大体の問題が食料に関することだろう。だがこの量の備蓄であれば、当面困ることもなさそうだ。
アエは荷物を最小限の体積で収納できるよう、工夫して荷造りを行う。
「アエ~~~~~~」
と、そんな間延びした声が遠くから聞こえてきた。
アエは作業する手を止めず、そちらのほうを一瞥する。
「なんか、手紙が届いたっすよ~」
そんな―――緩そうな声を出すのはトゥデだ。彼女は後頭部にまとめた一房の紅い髪を揺らしながらアエまで歩き、手紙を差し出してきた。
差し出したほうの腕は左手。しかしその反対の腕は骨折している。
右手には、応急処置が施されており、幅木を腕にあてがい、三角巾を首に吊るしていた。
「手紙?」
「伝書鳩からのものっす。そんでこの手紙、宛名になぜかアエの名前が書いてあるんすよ、大丈夫っすか? これ?」
アエは不審に思いながら、その手紙を受取る。
―――“ここにいることがバレてる? でもどうして手紙?”、とアエは一旦作業を止めて、その手紙の封を切った。
「この文字・・・・・・」
差出人の名前を見るまでもなかった。それはヘンリクス王の文字。
ヘンリクスはアエの居所に大体の当たりをつけていたのだろう。
アエはそのまま床に座って、食い入るように読み進める。
その手紙にはおおよそ三つのことが記されていた。
一つ目は紅華の現状について。
紅華と蒼種の戦争は歴史上最も規模の大きなものとなる。そして最も長い戦争になるだろうとも書かれていた。
今の紅華の実権を握っているのは紅華の王族ではない。その臣下だった者たちだ。
今までヘンリクス王に仕えていた彼らは一斉に謀反を起こしたのだ。
混血が無縫を継承してしまうという、致命的な不規則。
紅華はそれをずっと秘匿していた。だが、それもついにゾーアの計略によって全世界に暴かれてしまった。
民草は大混乱。あらゆる身分の者たちが王族に激怒した。
紅華内部は不安定の渦となった。これから蒼種とのいざこざがあるというのに―――
だからその謀反に、権威が失墜した王族は容易く靡いた。
弱きが強きに従う。当たり前の構図。
時として、強きが弱きに変わる。その逆もしかり、常にその立場は時々刻々と変化する。
紅華の王族は―――形骸化していく運命にあるだろう。
そして、二つ目はヘンリクス王の処遇についてだった。
ヘンリクス王は自らが無縫の継承者でないとしても、偽りの位であったとしても、そこに就いた者としての責務を全うすることにした。
後に続いてくれた者たちに恥をかかせないよう、全ての責任を一身に受ける。
ヘンリクス王は―――いやヘンリクス個人として、それを行動で示した。
この手紙がアエに届いている時にはもう―――ヘンリクスは死んでいることだろう。
ヘンリクスはつい先日、二一歳の誕生日を迎えた。
―――二一。
その数字は無縫の継承者にとって、終焉を意味する。
ヘンリクスはあくまで、正当なる継承者として、その人生に幕を下ろした。
どんな思いで死んでいったのか。アエはそのヘンリクスの胸中をはかれなかった。
最後に三つ目。アリスのことについて――――――
アリスは、アダンとアエの両名を逃した後、心臓に矢を受けていたにも関わらず、何時間も貿易所を逃げ回ったらしい。随所で無縫を行使していたらしいが、アリスの手による死亡者は一人も確認されなかったそうだ。
そして―――アリスは今際の際に、幻想的なことをした。
四つの光を空に放ったのだ。それは雲を突き抜け、目視できる圏内を超えて何処へと消え去った。それと同時に、アリスは絶命した。
アリスの遺体はヘンリクスの部下によって密かに回収され、出来るだけ手厚く葬られたそうだった。
―――アリスの最後に見せた四つの光。それを放ったアリスの意図はもう知る由もないだろう。
だが、もしかしたらあれはアエたちに何かを遺そうとした結果なのかもしれない。きっと意味があるはずだ。
――――――君たちに、少なからずの幸福を願う――――――・・・
手紙はそこで終わっていた。
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