第47話 今際に遥かに
アダンは猛炎のように揺らめく、自らの手を眺めた。
いくら眺めてみても変わらない。そこにあるのは、他人事のように思えるほどの虚構感。だがしかし、近くに立てかけられている姿見は悲しいほど、それを如実に映し出す。
異形。―――その体に鼓動はなかった。
決して他人事でも、ましてや他人ですらなかった。異形の正体は紛れもない自分自身だった。
アダンはふと―――床に転がっている死体へ目を移した。
「羨ましいな・・・・・・」
思わず、そんな弱音にも似た言葉がアダンの口からこぼれ落ちた。
「あ―――――――――・・・」
その言葉を、少し離れたところから聞いていたアエはふと気づいた。アダンの帯の体が煙を
―――“アダンが、消える―――。”
根拠もないのになぜか、アダンの末路が容易に想像できてしまった。
アエは腹部の痛みを堪えながら、アダンへと這い寄った。
なりふり構っていられなかった、早くアダンのところに向かわなければならない。そんな使命感に駆り立てられていた。
そして――――――
アエの察しのとおり、アダンのその命脈は希薄の一途を辿っていた。
アダンの肉体は―――いや、アダン自身は確かに不死身だ。しかし、それは完全ではない。
―――指差す先の死。
―――劫火紅蓮の死。
―――断首転変の死。
アダンは
更に生きる糧は消え失せ、残ったのは自らの醜悪だけだった。
アダンの願いはもう―――語るまでもないだろう。
だが、不死身の肉体がそれを許さない。
では、そこには終わりのない無窮が待ち構えているのだろうか?
それは違った。どれだけ肉が許容せずとも、一方の心は束縛できない。
死の号令には何人にも干渉できない。
必要なのは純粋な願望だった。死を望まない、ただ純粋な―――――――――
“生きていたくない”、という想い。
そんな―――自殺願望でも、
「あの影の言う通りだった・・・本当に、、、俺はアリスのことを・・・罪悪感で守っていたんだ―――」
アダンは愚かしいように、嘲るように、力なく言った。
ふと、アダンは視界の端にアエの姿が映った。しかし、アダンは無自覚にアエとは目を合わせないようにした。なぜそうしたのか―――アダン本人にもわからない。
「アダン―――!」
そう言って、アエは血の跡を引き連れ、こちらへと近づき、手を伸ばしてきた。
「・・・・・・・・・」
アダンはその手に―――この世界に留まらせようとする行動に、アエとの隔たりを感じた。
しかし―――――――――、
アエの、伸ばす手はアダンへと届く前に、ぴたりと、宙で制止した。
「――――――え?」
そんな、驚愕の声を上げたのはアエ自身であった。
自分の行動が信じられない、そんな呆けたような声。
だってそうだろう、今までなんとも無かったのに、こんなときに限って“これ”なのだから。
アエは一瞬―――この渦巻くどす黒い感情に脳を占領されかけた。
嫌な汗が頬を伝い、顎先から滴り落ちる。
つい、ありえないと思いつつも、アエはもう一度、アダンを見上げた。
“勘違いであってほしい、なにかの間違いであってほしい。”
しかしそんな思いは―――芥子粒も残らないほどに、砕かれた。
―――“殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ”
そこには―――異族の忌避があった。
―――――――――――――――今際に遥かに――――――――――――――――
結局のところ、人というのは決してわかり合えない。
水と油のように、構造上の不和が定められている。
隔たりは永遠に続く。終わりの点―――死に際しても。
遠く、遥か―――――――――
「それでいいんだ、アエ。それが正常だ」
目を剥くアエとは反対に、アダンは心中穏やかそうにして言った。
「異族同士はわかり合えない。俺たちがわかり合えたのはほんの一瞬。夢のように、いつかは覚めてしまう。――――――結局はこうなる運命だったんだ」
アエは、“違う”、と声を大にしてそう言いたかった。だが、滝のようにのしかかる憎悪がそれを阻害する。
何も出来ない。
アダンは徐々に生きる感覚を解放させていた。なんだか体が軽くなってきた。それに五感も薄れてきた。何かを感じるということ自体がどういうものだったのか、もう忘れてしまいそうだった。
―――“そうだ、これが―――死だ。”
アダンは慣れ親しんだその感覚に身を投じた。
―――安らかな思いだった。
立ち上る、死の灰。
アダンの姿は見る間もなく、形もなく―――風に舞う。
アエは信じられないように、それを必死にかき集めた。
アエは聡明だ。それが無駄な行為であることはとっくにわかっている。それでも、縋り付くようにそうしてしまう。
一握の灰。それを、アエはじっと見つめた。
そこには何の反応も訪れなかった。あったのは
異族の忌避さえも発現してくれない。それはつまり――――――
「―――――――――ッう、、、くっっ―――――――」
アエは―――直視してしまったその事実に、ただ悲嘆に暮れるばかりだった―――。
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