第46話 集う嘘
アダンの体は六本の凶刃に斃れたはずであった。しかし、その傷跡などもうどこにも見当たらない。
その現象は―――現実に即していなかった。
アダンの肉体はぐるぐる巻きにされた包帯が解けるように、螺旋を描く。
天衣無縫の帯。
その帯には縫い目など一切存在せず、連綿と続く。そしてそれは燻るように立ち上り、揺らめく。アダンの体はそんな―――一本の帯にて、構成されていた。
「――――――、怯むな!!! 一斉に攻撃しろ!!!!!!!!!」
その異様な光景に絶句しかけるヘリックであったが、とにかく目の前の脅威を排除しろ、と本能が警鐘を鳴らしているのを頼りになんとか体を動かすことが出来た。
ヘリックは自ら先頭を切り、持っていた剣をアダンへと差し向けた。それに釣られるようにして、控えていた六人の兵士も抜剣し、アダンへと斬りかかる――――――!
密度の高い攻撃。アダンはそれを避けることができない――――――否、避ける必要がなかった。
アダンへと届いた剣は傷にもならない。そもそもアダンの肉体は一部欠如している。帯で構成されたその肉体は、所々が明け透けになっており、剣がすり抜けてしまうのだ。
「くっ、なんなんだ!!? これは!?」
混乱するヘリックと兵士たち。彼らは訳の分からないまま、攻撃を続けた。
―――刺突。
―――袈裟斬り。
―――型を無視した、不格好な縦斬り。
その全てを、その揺らめく帯は難なく受け止めた。帯はまるで物腰柔らかそうに、しなり、遊び、どれだけ鋭い剣を当たろうとも、切断されなかった。
「無駄だ、その帯は両断できない」
アダンは、自らの帯を必死に攻撃する兵士をつまらなさそうに見つめ、そう言った。
そして―――――――――アダンの腕に当たる帯はゆらゆらと、近くにいた雑兵へと向かう。雑兵は思わず、止まってしまった。幽微なそれに、一瞬でも魅入ってしまった。それが――――――彼の死因だった。
どん、と何か―――腹の奥底へと響くような衝撃が走った。
途端――――――アダンが伸ばした帯の先にいた兵士は、弱々しく崩れ、うつ伏せに倒れた。それはまるで倒伏する稲を思わせる。
周りの兵士たちは何事かと思い、アダンに対する攻撃の手を止めて視線を移した。
すると、倒れた兵士の口からじわりと、血潮が広がっていた。そしてそれは無垢の床材を鮮やかな赤色に彩る。
喝采の色。その色を皮切りに兵士たちは恐怖した。思わず、手に持っている剣を落としそうになる。
アダンはその隙きを見逃さなかった。腕から幾本にも分岐する帯を自由自在に操り、それをヘリック以外の―――残る五人の兵士の心臓へと差し向ける。
その帯は、五人の体内へと潜り込む―――!
その感触に、兵士たちの心は発狂した。自分の臓器が何の遠慮もなく、他人に触られている。それを感知した。
そして今――――――、心臓を握られた。これは確信。文字通り、兵士の
そして――――――
また、さきと同様の衝撃が部屋中に轟いた。その衝撃は全部で五つ。そうしてこれもまた、さきと同様に、五つの命が潰えた―――。
それは―――音のない殺戮であった。死んだ者たちは呻き声すら上げられず、そして倒れるその瞬間まで、音を伴わなかった。
「“他種族との交流なんていらない”、か―――」
そして―――そんな無音の世界に水を差したのはアダンであった。
残ったヘリックとアエはただぽつんと、佇むばかり。
「俺も同意見だ。例え―――世界から異族の忌避がなくなったとしても争いは消えない。自他という境界があるだけで、人はそれだけで争うことができる――――――」
アダンはそう言い、アエのほうを見やった。
「だから、異族同士は触れ合うべきではない。互いに線引をして干渉しないようにするべきだ」
アダンのその論理からすれば、それは―――
「つまり、その体現である
これが、アダンの選ぶ道だ。
「だったら―――、だったら・・・!」
その言葉を聞いたヘリックは、震える声を無理やりに抑え、アダンへと一歩踏み出した。
「私と、この世界から全ての混血を根絶やしにしよう。お前のその能力が必要だ」
それはなんとも―――大きな破綻を孕んだ提案であった。
命惜しさか、それとも本気なのか―――。その提案の真意はヘリック本人にしかわからないことだろう。
「なるほどな・・・」
アダンはその提案を、一考に値するとでも言いたげに顎に手を当てた。
アエはその様子に目を疑った。混血である自分自身を根絶する提案に乗るなんて、そんな馬鹿げたことを思案する余地など、普通はない。ないはずだというのに―――。
「その前に質問したいことがある」
と、アダンは顎に当てていた手を離し、そう言った。
「お前の家族を殺したのは誰だ?」
アダンはそれが誰なのかを知っている。だが、どうしても本人の口から直接訊いてみたいと、アダンは以前から思っていた。そして―――その機会は今、期せずして訪れた。
「?、、、」
アエはその―――質問に疑念を抱いた。なぜなら、アエは密かにヘリックの家族が混血に殺されたということをアダンに話していたからだ。
知っているはずの情報を
「それは―――お前たち混血だ・・・!」
アダンは目を細め、大仰に嘆息してみせた。
「なるほど。―――だからお前からはずっと嘘の気配がするのか・・・・・・」
アダンは一人、納得するように呟いた。そしてそれはヘリックに聞こえるように向けられていた。
「どういうことだ? 何が言いたい・・・・・・?」
「お前の家族を殺したのは混血ではない。それは真っ赤な嘘だ。そして―――俺はお前の家族を殺した本当の人間を知っている。なあ―――ヘリック、誰だと思う?」
ヘリックは何も答えない。その態度はこれ以上何も聞きたくないと、意思表示をする、拗ねた子供のようだ。
―――ヘリックにはついに、背けていた事実に相対さなければならない時が来た。
「お前の家族を殺したのは―――ウィルだ。あの森にいたとき、たまたま聞かされた」
「、、、――――――」
その言葉を聞いても、ヘリックは未だ押し黙るばかりである。
「お前の家族は国に巣食う癌だった。だから国の暗殺一家であるウィルが駆り出され、お前の家族を皆殺しにした。だが―――生き残ったお前はこの事実を歪曲したな?」
アダンは目を背けるヘリックの顔を、帯を操って無理やりこちらに向かせた。
「お前は、幼かったんだ。同じ色同士なら争いは起きないと思いこんでいた。だが実際、お前の家族は同じ色によって殺された。だからお前は、混血にその所業をなすりつけて心の安寧を図ろうとした」
ウィルから聞いた話によると、ヘリックの家族は、混血を所持することを禁じられているにも関わらず、隠れて所有していた。
幼少のヘリックにとって混血の存在は意外に近しかった。だからでっち上げの罪人としてすぐに浮かんだのだろう、とウィルは推理していた。
「その所業は愚かだが、俺にはそれを非難できない。そうする資格がない」
アダンはそう言い、その場で地に膝をつけ、跪いた。まるでまだ小さい子供の目線に合わせるような動作であるが、それは優しさから来るものではないということは明らかだ。
アダンは揺らめく帯をヘリックの腹部へと進めた。
「、、、ゥ―――・・・・・・」
ヘリックはさきほど、六人の兵士がそれによって不可視の死を遂げられたことを知っている。ヘリックは体を強張らせ、それを拒絶しようとするが―――、そんな抵抗は虚しく、簡単に侵入されてしまった。
その感覚は非常に耐え難かった。筆舌に尽くしがたい。
あえて形容するならば、それはこの世の全ての不快、その極地だ。
内臓を弄ばれる侮辱。人体への冒涜。
「俺とお前はどこか似ている。こんな世界でなければ、もしかしたら俺たちは対等だったのかもしれない」
アダンはあったかもしれない世界を思い浮かべ、ヘリックの背骨をゆっくりとなぞった。
「――――――や、やめてくれ・・・・・・、、、」
しかし、アダンはその手を止めない。背骨をなぞり、そのまま胸へと向かった。
ヘリックは帯が動くたびに、声にもならない悲鳴を上げるばかりだ。
「ヘリック、お前の嘘は中途半端だったんだ。俺の能力は他人の偽る心を暴く。だから、本人がそう思いこんでいるのなら、俺の能力ではそれが嘘だとわからない」
アダンの帯は、ヘリックの喉へと到達した。
「お前はずっと、わかっていたんだな。自分がどれだけ愚かな嘘を付き続けているのか、理性では正しく認識していた。だが感情はそうじゃなかった、そういうことなんだろう?」
そう問いかけるアダン。そしてその手―――いや、その帯はついにヘリックの脳に及んでいた。
「はっきり言って―――お前は狂っている」
そう言い、アダンはヘリックの脳髄を握り締めた。
ヘリックの鼻からは脳汁が噴出し、辺りに飛散した。
「その嘘は狂っているが、俺よりは―――まだましだ」
アダンは立ち上がり、自虐するようにそう言った。
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