第40話 旅の終わり

「――――――はッ、」


驚くようにして目覚めた。

勢いそのままに、アダンは辺りをきょろきょろと見回す。


“ここは現実だ。”、とアダンは思った。

では―――今まで見ていたのは、単なる夢だったのだろうか?


「いや―――、夢なはずがない、・・・」


アダンはその逃避行的な思考を打ち消した。

それまで見ていた情景はあまりにも現実的リアル過ぎる。あれは―――追体験であった。そうとしか思えなかった。


アダンはまだぼうっとする頭を手で抑え、起き上がろうとする。


辺りはまだ暗い。気絶していたのはほんの数分だろう。しかしその追想ユメは何年もの月日が流れていた。


突然―――、絞り上げられるような痛みが頭蓋に走った。

その発生源を手で触って確認すると、掌に温かい血が付着していた。


―――“そうだった。”


アダンは頭を岩に激突させ、それこそ死に至るような外傷を受け、夥しいほどの血をぶち撒けた、はずだった。

しかし――――――

そこに大量の血は無かった。


それはおかしい、と思った。あの死に導かれる感覚は忘れようもない。

それに、あの追想ユメのなかでもそうだ。最後の瞬間、アダンは首を刎ねられて死んだ。しかしそれもまるでなかったことにされたかのように、今もこうして生きている。


―――どうして自分はここにいられるのか。

全くわからなかった。


アダンは色々と考えを巡らせた。すると、腕の中で何か、ぬくもりを感じた。

アエだ。

アダンは思考を一旦切り上げ、依然として頭に残る痛みを無視して起き上がった。


“今はアエの様子を確認するのが優先だ。”


「―――ん、、、―――」


抱えていたアエを仰向きに直そうとすると、ちょうどアエが起きた。

まだ意識がはっきりしないのか、目が半開きだ。


構わず、アエに刺さっている一本の矢を確認した。

容態は悪化していた。出血が増えている。

落馬した衝撃で、傷口が開いたのだろう。


「大丈夫か!? アエ!」


アダンはアエに近づき、そう声をかけた。なんとか意識だけでもここに繋ぎ止めなくては、と直感した。


「・・・ああ、大丈夫。大丈夫だよ、・・・でも、ちょっと痛いかな」


アエは消え入りそうな声でそう告げた。その額には一筋の汗が流れている。


「アエ、トゥデの家までもう少しだ、そこで治療してもらおう」


アダンはここにいても仕方がないと判断した。

だがやれることはやろう、とその場でアエにもう一度応急処置を施すことにする。

なんとか止血は出来た。まだ完璧ではないが、今のアダンにしては上出来だ。


治療を終えたアダンはアエをおぶり、丘の上にあるトゥデの家へと歩を進める。


ここからトゥデの家まであと数分だろう。

それまで―――しんとした静寂が流れる。

聞こえるのは、アエの苦しそうな息遣いだけ。

そうなってしまうと、余白が生まれてしまうと、つい―――考えてしまう。

あの追想ユメについて。


“わしらは似とる。”

それは今でも憎らしき、あの老人の言葉。


アダンはあのとき、自分とあの老人のどこが似ているのか、と憤慨した。

それは今でも変わらない。

だが、その見方は変わった。変わってしまった。


あの老人は妻と、それから産まれる新たな生命とともに幸せになりたいという思いで家族を形成した。

片や、アダンは自らの弱さを皮相だけでも強くするために家族を形成した。アリスを利用して。


―――他人とともにあることを願った老人。

―――自分だけを思ったアダン。


この二人のどこが似ているのだろうか。


何一つとして、共通していない。


「醜悪だな、俺は・・・・・・」


ふと、心の声が漏れた。


「、、、? どうしたんだい?」 


アエはそれに反応し、声を掛けた。その声にはアダンを心配するような優しさが含まれていた。

心配しなければいけないのは自分の体のはずではあるが、それでも他人を気にかけてしまうのは、アエ生来の優しさによるものだろう。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


沈黙。

アダンは迷っていた。このことを話しても良いのか、と。

しかし――――――


「俺とアリスは、兄妹じゃないんだ・・・・・・」


アダンは弱っていた。自分の悍ましさに、疲弊していた。

アダンは優越感に浸りたいがためにアリスに対し、家族だと嘘をついた。その結果、アリスに苦しい決断を強いることになった、自分の斬首を。

アダンは本当にその行為が自分の手によるものなのかと、今でも信じられない。

整理がつかない。だから誰かに吐き出して、聞いてほしい。落ち着く時間がほしかった。


「・・・・・・うん、知ってたよ。ずっと前から」

「え?」


つい、立ち止まってしまった。今の発言は、それほど聞き捨てならないものであった。


「知ってたって、いつ・・・?」

「二人の血液を採取した頃、だよ・・・。血液を調べたら、二人に血縁関係は認められなかった・・・」

「なんで―――・・・!、どうして・・・そのとき言ってくれなかったんだ?」


思わず大きな声を出してしまう。が、アダンはそれをなんとか抑えた。

アエに怒るのは、お門違いだ。そもそもアダンが嘘の関係を作り上げなければこうはならなかった。


「確かに・・・・・・なんで、僕はアダンに言わなかったんだろう?」


しかし、アエのその返答はどこか宙を舞うような、曖昧としたものだった。


「でも、あのとき僕は確かに言ったはずなんだ、、、」


アエはうんうんと唸りながら、なんとか記憶を掘り起こそうとする。


「そうだ――――――。僕はあの日、このことをアリスに話したんだ」

「アリスに・・・?」

「うん・・・・・・。でも、なんでだろう? それ以降のことが思い出せない―――・・・」


突如として、あるべき記憶がせるという現象。

アダンはそれを知っている。先ほどまで自分の過去を知らなかったのだから。


“となると、それはやはりアリスの手によるものだろう。”


アリスは無縫の加護を行使して、アダンとアエの記憶を操った。

一度、記憶を操っているようなことを、アリスは仄めかしていたからそう考えるのが自然だ。


万物の模倣を昇華せしその先―――、万象の創造。それならば可能なのかもしれない。


しかし――――――、

どうしてアリスはアダンとの嘘の関係を継続するような真似をするのだろうか?


アリスはその関係を断って然るべきだ。アダンの所業を許してはいけないはずだ。


だが、そうはなっていない。

アリスは、アエから二人に血縁関係がない、という記憶を秘匿した。

ということは、アリス本人にはその嘘の関係を継続したいという思いがあるということだ。


“なぜ?”


アダンには全く、心当たりがなかった。

何も―――憶えていない。


焼却炉で燃やされた一度目の死も、

死してなおも消えぬ炎の痛みが体に残り続けていたことも、

アリスを絞殺しようとしたことも、

首を落とされた二度目の死も――――――、


何一つとしてわからない。全くもってわからないが―――、

いつの間にかアダンとアエの二人は、旅の目標地点であるトゥデの家の扉の目前まで辿り着いていた。


旅の終着点。

それはもう目の前であった。

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