第27話 不穏

昨日の大雨から打って変わり、今日は雲ひとつ無いほどの快晴であった。

“この天気であれば馬車での移動も十分可能だろう”、と。

目覚めたアエは天気を見てそう思い、アダンとアリスを急いで起こした。


今日に至るまでアダンたちはその正体が明かされることなく、無事に過ごすことが出来た。それは単純に髪色を変えていたことが大きいのだろう。それだけで人の印象は大きく変わるのだ。


そして―――今。

馬車を無事確保することができ、三人は荷台に荷物を乗せ、出発の準備を整えている。


向かうはトゥデの住処。

その場所は中々人が寄り付くことがない、街の外れにある。

トゥデは生粋の引きこもりだ。それゆえ俗世との関わりを絶ち、ただひっそりと孤独に生きている。

匿ってもらう場所としては好条件だろう。


しかし、不安材料がある。

トゥデにはこちらが向かうことを知らせていないのだ。当然の判断だろう。もしもそれを知らせる手紙が紅華に検閲でもされれば、アダンたちは捕らえられてしまう。


トゥデが混血に対して寛容だということはアエが保証している。しかし、匿ってくれるかどうかはまた別の話だろう。

今、アリスには賞金がかけられている。そして、アダンとアエに関しても人相書きが至るところに貼り出され、実質的な指名手配を受けている。

そんな厄介ごとの塊たちをトゥデはどう思うのだろうか?


要するに、トゥデがアダンとアリスを受け入れるかどうかは、その時次第。

これはある種の賭けだ。もしも拒絶されたなら、アダンたちは本当に行き場をなくしてしまう。


もちろん、アエはこのことを事前にアダンとアリスに説明していた。

そしてそれを踏まえてもアダンとアリスは、アエとともにあることに迷いはなかった。それだけの信頼関係を三人は築いていたのだ。


「よしっ」


アエは立ち上がりそう言った。どうやら準備万端のようだ。


「それじゃあ―――行こうか」


アエは馬車を引き連れ、歩き出す。

これから向かうのは出口門。

貿易所には二つの門がある。

一つは先日アダンたちが入った側の門。あちらは入場専用だ。

そしてこれから向かうもう一つの門は、その反対の役割をこなす。


それぞれの門の警備には少々違いがある。

入口門では人数の確認と、入場料の徴収のみ。

しかし出口門のほうでは、人数の確認に加え、荷物検査がある。


出口門では、昔は荷物検査などなかった。

しかし、貿易所が麻薬売買の温床であることが発覚したことが原因で、荷物検査の項目が加えられることとなった。


“麻薬は人を駄目にしてしまう。”

それは周知の事実である。

が、その被害は年々増加の一途をたどり、収まることを知らない。


麻薬により、最も被害を受けたのは雇用主である貴族たちだった。


麻薬にハマった人間は使い物にならない。ましてや働くなど以ての外。労働力の衰弱は相当な痛手だ。まっとうな商売をする貴族ほど損をする。それを食い止めるために荷物検査が導入されることになったのだ。


アダンたちは出口門の前まで到着した。そこにはすでに多くのものが並び、列をなしていた。アダンたちもそこに加わり、検査を待つ。


それから徐々に列がけていき、ここからでも荷物検査の様子も見えてくる。

どうやら荷物はかなり厳しくあらためられるらしい。


ついにアダンたちの番がやってきた。

荷物の検査は無事に終わった。

そして、次は衣服の中に麻薬を忍ばせていないかの確認だ。


髪色や瞳の色を変化させたとしても、体に触れられれば異族の忌避が発現してしまい、色を偽っていることがバレる。

だがしかし、今はその心配はない。

ここの兵士は様々な種族の検査のために接触する必要がある。そのたびに異族の忌避が発現しては検査もままならない。

だから、兵士たちは抑制薬を投与しているのだ。


「お前、何処に行くんだ?」


と、アダンの身体検査をしながら兵士が話しかけてきた。


「なんでそんなこと聞くんだ?」


アダンは訝しがりながら、返答する。


「ここの仕事は退屈でな。ちょっとくらい雑談に付き合えよ。そんでどうなんだ?」


兵士はアダンの背後に周り、引き続き麻薬を忍ばせていないか確認する。


「これから故郷に帰る」

「へー、どこ出身?」

「・・・・・・」


アダンは答えられない。紅華の地名など一つも知らないのだ。



アエが助け船を出してくれた。

カントラ村というのはここから北にある村のことだ。貿易所からカントラ村までは遠いが、村に帰郷するには貿易所を介した経路が最短だ。ここに滞在している理由としては、最もなものだろう。



「え? ・・・。


男は目を細め、アダンとアエを見つめた。

“しくじった”、と動揺するアエ。だが、反対にアダンは一切動じることない。そこには確かな嘘が存在するのだから。


「下らん嘘だな。村にはお前みたいなやつは居なかった」

「へー、悪い悪い。意地の悪いところを見せたな。すまんな、これもちょっとした警備の一環なんだ」


さきの応酬。応答を少しでも間違えれば、この場で捕えられる可能性があった。しかし、アダンの能力のおかげでそうはならずに済んだ。

アエはほっとする。


―――が、それも束の間。男はアダンたちを面白可笑しいようなものを見る目を向けてくる。まだなにかある、そんな予感を感じさせた。


「でもなあ、そっちの女のほうはわりかしマジで動揺してたぜ。なあお前らなんかあるんだろ?」


男はなおも食い下がる。


「神経質だぞ。もう検査も終わってるからわかるはずだ。俺たちにはなにもやましいことはない」


“しつこいやつめ”、と思いながらもアダンはしっかりと冷静に対応する。しかし、アダンはこの男から言い知れない不穏を感じていた。


「埒が明かないな。二人が駄目ならもう一人に聞いてみようか」


男はそのままズカズカと歩き、そのもう一人の少女の前に立つ。


「おい、待て―――」


アダンは制止をしようとするが、周りに控えていた兵士に刃を向けられる。

狼藉は許さんぞ、という意思が伝わってくるようだ。

こうなってしまえばアダンはむやみに動くことは出来ない。嵐が過ぎ去るのをただじっと待つしかないのだろうか。


アダンはこの場をどう乗り切るか、考えあぐねていたそのとき、

ふと―――――――――――――――――――――――――――――――――


なにか。そこになにか―――

見覚えのあるものがある。いや―――いる。

見覚えのある人間が。

そいつは今にでも―――ケケケ、と声を上げそうな、そんな笑みを浮かべている。


彼は、あんな―――気色の悪い笑みを浮かべる者だったのだろうか?

あのとき、どこか親近感を覚えるような雰囲気は何処いづこだ?


“わしらは似とる。”

どこがだ。

俺とお前のどこが似ているというのだ。


アダンは全てを察した。

そこにいる老人に売られたのだ。

あのとき、やはり老人は混血であることを看破していた。

そして―――紅華に売った。


“わしらは似とる。”

うるさい。――――――だまれ。もう喋らないでくれ。

俺は――――――お前に不殺殺さずの選択をした。

しかし、そういうことか。

お前はそうして――――――他人を貶める立場に立っている。

これのどこが似ていると言えるのか? 


結局は金に目が眩んだ亡者。

もういい―――。


全て、殺そう。

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