第25話 捜索
部屋の中には誰ひとりとしていない。荒らされた形跡はなく、ただ―――部屋の中央に配置された出窓が開きっぱなしになっている。
アダンは勢いよく駆け出し、受付まで戻った。
「あ、あの、どうされ――――」
「アリスは―――! アリスはどこに行ったんだ!!?」
アダンは受付の女性の言葉を遮り、語調を強めてそう言った。
「アリス―――さん、というのはあなたがおぶっていた
女性はおそるおそる問いかける。その顔からは畏怖が見て取れる。
それも致し方ないだろう。
今のアダンはそれだけの感情を相手に覚えさせるほどの形相をしている。
「そうだ―――!」
アダンは自分の様子を知ってか知らずか、構わずカウンター越しにその女性を問い詰めた。
「あの娘なら・・・さっき急いだ様子で外に出掛けて行きましたけど・・・」
「あ、アリスが――――――? 一人だけでか?」
「・・・はい、そうです・・・」
アダンの思考はうまくまとまらないが、とにかく誰かに拉致された、とかじゃないことにほっと安堵した。
しかし、この貿易所で一人、まだ幼いアリスが出歩くのは危険だ。今、アリスには賞金首がかかっている。色を変えているとはいえ、人相書きもある。いつその正体が露見してもおかしくない。
アダンはそこに思い至り、急いで回れ右をする。すぐにアリスを連れ戻さなくてはいけない。扉に手をかけようとしたそのとき。ふと―――
「どうして止めてくれなかったんだ・・・?」
と、そんな言葉が
「は、・・・はい?」
受付の女性は思わず首を傾げた。当たり前の反応だろう。彼女の仕事は客の接待と宿の管理だ。
まさか客を引き止めることなど、常識的にも考えて、する道理など到底無い。
「いやすまなかった。忘れてくれ」
アダンはそう言い残し、宿を飛び出た。さきのアダンは冷静ではなかった。それは自分自身でも確かに認識できた。
"他人に当たるなんて"、とアダンは走りながら自らを恥じた。
しかしあたりを見渡してみても、アリスがどこにいるかなんて分かりようもない。全く手がかりもないこの状況では虱潰しで探し出すしか無い。
だが、そう長く時間を掛けていられない。捜索時間が長引くほど、アリスが接触してしまう危険は時々刻々と多くなっていくだろう。
だから少ない手がかりを足がかりに探さなくてはならない。
"思い出せ"、とアダンは強く集中する。
部屋の中の出窓は開きっぱなしになっていた。そして、アリスは急いで外に出たと言う。
アリスは窓から"何か"を見て、そのために外に出た。とアダンは一つの推察ができた。
その"何か"については全く見当がつかないが、アリスが向かうであろう方角はだいたい絞ることが出来る。
「だったら―――」
宿の部屋の出窓から見えるその視界。その円弧状を捜索すべき範囲とした。
アダンがその範囲を駆け回ってから数十分。
アリスを発見した。
アリスは道端に立ち、なにかをじっと見つめている。しかし、その視線の先は窪みになっていて、アダンからはよく見えない。
アダンは急いでアリスのもとまで近づき、声をかけようとするが―――
「どうやら、お迎えが来たようじゃな。お嬢ちゃん」
と、しゃがれた声が聞こえた。声の主はくぼみのところにあぐらをかいて座っている老人からだった。
その老人の髪は翠色。そしてぼろぼろになった衣服に身を纏っていた。その様相から貧しいことが見て取れた。
アダンはその老人に対し、警戒を露わにする。
「おお・・・そんなに睨みつけんでも、わしはこのお嬢ちゃんに助けてもらっただけじゃよ」
老人は目をつぶりながら、アダンのほうを向いた。老人は目を見開かれる気配が一切ない。
なぜその状態でこちらが警戒していることに気づいたのか、とアダンはより一層不審がる。
―――が、そんなアダンに対し、隣りにいるアリスが服の袖を引っ張る。その顔からは"心配しなくても大丈夫"、ということがわかった。
「アリス、どうして勝手に外に出たんだ? 安静にしてないと危ないだろう」
アダンはアリスの目線まで腰を下ろし、そう言った。
「すまんな、それはわしのせいじゃ。わしは目が見えんくてな。まあお嬢ちゃんと似たようなもんじゃ」
目の見えない老人と、声が出せないアリス。確かに似た者同士かもしれない。
「知らない道に迷い込んでしまってな、目の見えんわしにとってそこは未知の世界で勝手が違う。それで右往左往しとったらそこのお嬢ちゃんが見かねてわしを助けてくれたんじゃ。お嬢ちゃん、ありがとうな」
老人は頭を下げ、礼を言う。アリスはそれに対し笑みを浮かべて返した。
「お兄ちゃんも、心配かけさせてすまんかったな」
老人はアダンに向けて、謝罪する。
「いや、こっちこそ早とちりしてすまなかった。行こうアリス」
アダンはアリスの手を握り、宿まで歩いた。
アリスの手の感触。
アダンはアリスが無事であったことにただ―――安心するのだった。
遠のく足音。老人はそれを聞きながら、ふむと思案するのだった。
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