第24話 不安
出発から二日。アダンたちは順調に歩を進め、貿易所の前までたどり着いた。
貿易所は木の防壁で高く囲われており、そこに一つ大きな門がある。そこから出入りするしかないのだろう。
アダンとアリス、そしてアエは、貿易所が見える前から、既に髪と瞳の色を赤色にしている。準備万端だ。
「アエ、貿易所にはどうやって入るんだ?」
「自由に出入りできるよ。まあお金が必要なんだけど」
アエは懐に入っている巾着を押さえる。
「それじゃあ行こうか。僕たちの外見はアリスのおかげではっきりと紅華に見える。緊張して怪しまれないようにね」
「わかってるよ」
三人はそのまま進み、門のところまで着いた。複数の兵士がこちらを囲うように視線を向けてくる。
アエは受付のところでお金を払い、貿易所の中まで通される。そこで兵士の視線は感じなくなった。
「異族の忌避は大丈夫だったな」
「うん。もしかしたら抑制薬よりこっちのほうが効果があるのかも知れないね」
アリスを背負うアダンに奇異の目を向ける兵士もいたが、そこまで警戒されることはなかったようだ。
アエは迷うことなく進む。ここでの目的は馬を確保すること。寄り道をしている暇はない。
しかしこうして歩いていると色んな種族とすれ違う。
"不思議な場所だな"、とアダンは思った。
その違和感は最もだ。原因は言わずもがな、異族の忌避。
相容れない異族同士には、常に諍いが付き纏うもの。
だがしかし、それは抑制薬の登場によって一時的に解消されつつあった。
ここ―――貿易所に訪れる者はおおよそ、抑制薬を投与している。
大事な取引の最中に異族の忌避が発現し、それをおじゃんにさせる者などいないだろう。
だからこうして異族同士が争いなく、町を闊歩することが出来ている。
それから数分―――三人は厩舎の前に着いた。
見たところ馬はおらず、中はガランとしている。
「すまない、馬はまだあるかな?」
アエは厩舎を掃除していた男に声をかける。
「いんや、今日はもういないよ。明日も馬が帰ってくるかは、ちょっとわからないな」
「そうか・・・ありがとう」
アエとアダンはその男から離れる。
「どうする? 馬がいないと移動もできないぞ」
アダンは眉間にシワを寄せた。
「とりあえず、今日は宿に泊まろう。それで明日の朝一に馬を確保する」
「わかった」
アエは歩きながら、道端にある看板を見ていた。そこには宿の値段が書いてあり、アエはよく吟味していた。
その間、アダンは手持ち無沙汰であった。文字を読むことができないからだ。
"もっとちゃんとアエから読み書きを教わっておけばよかったな"、とアダンは少し後悔していた。
宿が決まったのだろうか、アエは古そうな建物に入る。アダンもそれに従ってついくていく。
「部屋は開いてる?」
アエは受付の女性にそう言った。
「一部屋だけなら開いてますけど・・・」
その女性はアダンの顔を伺い見た。
おそらく、ベッドが一つしか無い部屋なのだろう。三人で泊まるには狭い部屋を案内するのは気が引けるのか、女性は言葉を言い切らない。
「じゃあその部屋にするよ。アダン、床でもいい?」
「平気だ」
受付の女性はそれを聞き、部屋まで案内してくれる。廊下は歩くたびにギシギシと音を立てる。この宿は築年数のおかげで他と比べて随分と安い料金となっている。
女性は部屋の前まで案内し、受付まで戻った。
扉を開けると、そこは予想通りに狭かった。寝るときは、ベッドにアエとアリス。そして床にアダンという並びとなるだろう。
アダンは一旦、アリスをベッドの上に寝かせ、持っていた荷物をおろした。
アエはそれを確認して、ドアノブに手をかける。
「出かけるのか」
「うん、一応情報収集しよう思ってね。ここは色んな国の人間が集まるから、情報も集まりやすい。紅華の動向も知れるはずだ」
紅華の動向―――それがわかれば今後こちらがどう動くべきかわかる。
アエは紅華と蒼種が全面戦争をし、アリスは暗殺されるだろうと予想している。だがこれはあくまで予想だ。もしかしたら、そうなっていないかも知れないし、反対にもっと悪い状況になっているかも知れない。
ともかく今は、確定した情報が必要なのだ。
「俺もついていこうか? 用心棒としては役に立つぞ」
「そうだね・・・お願いできるかな?」
見たところ、ここは治安が良いとは言えない。各国の人間が一堂に集まるということもあるが、出入りの簡単さも起因するところだろう。
特に身元確認もされずに入れるというのは、たとえ犯罪者でも難なく入れるということになる。
ひ弱なアエが一人で出歩くのは危険だろう。
アダンはアリスを起こし、留守番を頼むことにした。そしてアエとアダン以外の人間が来ても扉を開けないように言い、部屋をあとにした。
「まずは集会場に行く。集会場は商談に使われる場所だから情報も集めやすい」
二人は集会場に着き、その扉を開けた。そこは集会場と言うよりも、酒場とでも言ったほうが適切な雰囲気だった。物は雑多に置かれ、数人は酒を片手に騒いでいる。酒の匂いも妙に鼻腔をついてくる。
アエは掲示板に貼ってある張り紙に目を通すことに。そこには―――
「紅華は蒼種に宣戦布告・・・か」
それは予想通りの結果ではあったが、腑に落ちない部分もあった。
もっと回りくどい方法で、戦争に突入すると思っていたからだ。アエは紅華の動向に考えを巡らせていたところ―――背後から声をかけられる。
「あんたら、ちょっとどいてくれないか? 張り紙が見えねえ」
「ああ、すまない」
アエとアダンは、背後から現れた、黄色の髪色の男が張り紙を見れるように横にずれる。
「もしかして、あんたらも賞金首狙いか?」
「賞金首?」
「知らねえのか。無縫を継承した混血のことだよ」
アエとアダンはちゃんとしている。
これを聞いても動揺を顔に出すことは一切しない。だが―――内心では、賞金首という単語に相当焦りを覚えていた。
「なんでか知らねえが、無縫の加護が混血に継承されちまったんだとよ。そんで紅華はそれを取り戻すために相当躍起になってる。どでけえ額の賞金をかけてな。一生遊んでいけるほどの額だ」
男は楽しそうに話し続ける。もしその賞金が手に入ったら、と胸を弾ませているようだ。
「なあ、もしよかったら協力してこいつをとっ捕まえないか? 人手が多いほうが良い。もちろん賞金は山分けだ。どうだ?」
「ごめん、すぐにここを発たないといけないんだ。お仲間はほかを当たってくれ」
アエはアダンの手を引き、その場を足早に去った。
"少し強引だったかな"、とアエは振り返るが、それも仕方がないだろうと思った。
アエはアダンを連れて路地裏に入る。
「動揺が顔に出なかったのは偉い。でも―――」
アエは、アダンの手を自分の目の前に持ち上げる。そしてアダンが握っていた右手の指を開いてみせた。
そこには血が滲み出す、手のひらが。
アダンはさきの男の話を聞いているとき、血がにじむまでずっと拳を握りしめていた。痛みで動揺を、そして不安をかき消すための苦肉の策。
アエはアダンの掌を包帯で巻きつける。
「すまん」
「いや、いいよ。それより早くアリスのところに行ってあげて」
アエは笑い、そう言った。アダンは駆け足で宿の方へと向かう。
あの話―――アリスが賞金首になったことを聞いたとき、アダンの頭では最悪な状況の妄想が止まらなかった。
例えば―――アリスの正体が受付にバレて殺されてしまったりとか、実は貿易所に入ったときから正体が看破されていて、アエとアダンが出払ったのを見計らってアリスを殺害したりとか。そんな被害妄想がとめどなく湧いてくる。
ふと壁の張り紙が目に入る。そこにはアダンとアリス、アエの三人と思わしき人相書きが。
冷や汗が止まらなくなる。妄想たちがどんどん近づいてくる感覚に焦りを覚えずにはいられない。
"もっと慎重に考えるべきだった"、と後悔が止まらなくなる。
アダンは気づかず、全力で走っていた。宿の前に到着し、乱暴にその扉を開ける。
受付の女性はアダンの必死の形相に何事かと思い、ぎょっとする。
しかしなりふり構わず、アダンはアリスがいるであろう扉の前に到着した。
アダンは膝に手を着き、肩を息をする。
"この程度で息切れなんてしないはずなのに"、アダンは思う。
動悸が止まらない。心拍数はなおも上昇中だ。
アダンは扉の前に立ち、深呼吸をした。それのおかげだろうか。
"そうだ、これは―――考えすぎだ。いくらなんでもありえないだろう・・・"、と冷静に俯瞰することができた。
高鳴る胸の鼓動を押さえ、アダンは扉を開けた。そこにはぐっすりと、安らかに眠るアリスがいるはずだ―――
しかし、そこにアリスは居なかった。
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