第21話 戦争の火蓋
その場に残るは、アダンとウィルを殺した男と、ヘリック。そしてアエの三人だけ。
アエは―――ただどうしようもなくて、佇むことしかできない。
アダンとウィルは凶弾に倒れた。アリスも夥しいほどの出血。すぐに施術しなければならない。
「アリスを殺せ、ゾーア」
ヘリックは男に対して、そう言った。
ゾーア。それが目の前の男の名前だ。
「アリスはまだ生きている。アリスが無縫の継承者であることはこの目で確認した。もう生かす理由はない」
「お前が
「そうすれば、私が蒼種のお前と接触していたことがばれる可能性がある。あまり手を汚したくない」
それもそうか、とゾーアは了承した。
そして銃口はアリスの方へと―――。
ドンッ――――と重く、けたたましい音が鳴り響く。
「お、お前、―――なぜ、――――――、」
撃たれたのは横たわるアリスではない。ヘリックだった。
左の二の腕を撃たれ、持っていた銃は衝撃で飛んでいった。
ヘリックはすぐに止血するために銃痕を反対の手で押さえつける。
「―――なんの、、、なんのつもりだ! お前は戦争を回避したいのだろう!? どうして私を――――――!」
ヘリックは烈火のごとく怒る。それを見て、ゾーアはニヤつくばかり。
「戦争を回避するなんて―――そんなまさか。俺は戦争がしたい」
その返答にヘリックは虚を突かれる。なにを言っているんだ? と。
「俺は戦場が好きだ。銃声で目覚める朝も、仲間と手を取り合う瞬間も、好きなんだ。この上なく。俺はお前たちの言う日常に馴染めない。だが、生死のかかった戦場でなら、俺は生きられる。だからもう一度、あの場へ戻りたい」
「ふざけるな―――戦争は、お前のためにあるんじゃな―――ッグァ、!」
ゾーアは、引き金に手をかける。撃った箇所は先ほど撃ったところと同じだ。
「―――さて」
ゾーアはヘリックに背を向け、アリスの方へと向かう。
アエはゾーアの行く手を阻もうとする。だが、体が動かない。
ただひたすらこの状況をどうすべきか、アエはずっと考えていた。しかし、どうすることもできない。ゾーアが手負いだとしても、勝てる見込みも、時間稼ぎもできない。
絶望に、打ちひしがれる。
―――また、失うのか?
家族の顔が思い浮かぶ。もう死んでしまった顔にアリスが加わるのは拒絶したかった。
ゾーアはアリスのところでしゃがみ込む。
「まさか死んでいないだろうな」
ゾーアはアリスの首に手を伸ばす。脈で生死を判断するのだろうか。
だが、その手は突然にして掴まれた。
掴んだ手は誰のものだ?
アダンだ。
「、なっ!?」
ゾーアは混乱した。さすがにこれは驚かざるを得ない。殺したはずの人間が動いているのだから。
ゾーアは掴まれた手を振りほどこうとするが、びくともしない。
何という握力だ。すでに腕の骨が折れている。そのまま為す術もなく、引き寄せられ、顔面を殴りつけられた。めり込む顔面、ただれた皮膚がさらに歪む。
そのとき、ゾーアは見た。アダンの額を。そこには風穴があるはずだ。しかし、穴などどこにも無い。そこには縦一文字に肉がえぐれた跡があるだけだった。
なるほど、アダンは死んだふりをしていたのだ。
迫りくる銃弾とともに、体をのけぞらせ、あたかも銃弾が頭部を貫通したかのように見せた。
額の傷は出血を演出するためのものだろう。
アダンはゾーアを殴り飛ばしたあと、アリスを抱き寄せる。そして大地を蹴破り、一気に加速する。そのままアエを肩に乗せて瞬く間にその場を離脱した。
「―――待て!」
ヘリックは落ちていた銃を拾い、照準を合わせるが、もうその姿は見えなくなっていた。
「諦めろ、もう追いつけない。馬を使って追ったとしても、その傷では返り討ちに遭うだけだ」
ゾーアは膝をつき、立ち上がる。
「お前が―――お前が邪魔さえしなければアリスを殺せた! 無縫の加護を正しく継承できるはずだった!」
「下らない、正しくとかどうでもいいだろう。それにお前は俺が教えてやらなければ、あの娘が継承者だということを知ることはなかった」
ゾーアは小屋の裏手まで移動する。そこには馬が控えていた。
「この馬は借りていくぞ。せめて死に場所は戦場でなければな」
馬は鞭を打たれ、いななく。四足を転がし、森の中へと、ゾーアとともに消えた。
ヘリックはその場に一人、残された。
馬はもうここにはいない。もちろん王城へと向かう手立てはなく、王城から派遣される兵士は朝に来る。それまでヘリックはここに残るしか無かった。
「―――そんなに戦争がしたいのなら、」
戦争の火蓋は―――
「蒼種を根絶やしにしてみせる」
切られた。
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