第20話 交渉

それは謎の男による襲撃の数日前。ヘリックが王城へ向かう森の中のことであった。


ヘリックは単身、馬にまたがり、駆ける。

早々と変わる景色の中、ふと見逃せないものを発見した。それは人の足跡。

ここはそう入り組んだところではない。人がいてもおかしくはないのだが、ヘリックにはそれが妙に気になった。


足跡をたどる。それは大きい。おそらく大人の男のもの。

やがて進んでいくと開けた、少し小高い崖に着いた。そこに一人、いた。


座っている男が一人。望遠鏡を手になにかを覗いている。蒼種だ。

ウィルは有無を言わず、鞘から剣を抜いた。そして男の肩に向けて、袈裟をかけるように剣を振り下ろした―――。


だが―――手応えが帰って来ることはなかった。その男は自らの軸足を滑らせ、りでそれを躱す。そして見るまもなく、ヘリックは拘束される。


「―――なッ!、」


早業であった。武器は落とされ、身動きも封じられた。対応する暇もない。


「、何者だ―――・・・?」


締め上げられながらもなんとか問いかけるヘリック。


「お前は―――あの混血と一緒にいたやつか」


あの混血。そんなものは二人しかいない。

どうしてそれを? という眼差しを向けようとする。だが、うつ伏せの体勢ではそれも叶わない。


「お前は、知っているか?」


男はヘリックにそう質問した。なんのことだかわからない。


「あの混血の娘が無縫を継承していることだ」


それもまた理解できなかった。なぜここで無縫の名前が出るのか、と。

困惑の色が濃くなる。

そのとき―――関節に掛かる力がふっと抜けた。身体は解放され、自由に動けるようになる。男はヘリックから離れ、そのままこちらを見据えている。まるで値踏みするかのようだ。


そして男は淡々と語った。ここまで来た理由。そして―――アリスが無縫の継承者であることを。


「アリスが無縫の継承者だと・・・?」


あまりのことに口を覆った。

アダンとアリスに紅華の血が混ざっていること。それはとっくに気づいていた。


あれは黄昏時のこと。

夕焼けの太陽の光を浴びたアダンとアリスの髪は美しい赤色を放っていた。

初めは夕焼けの色だろうと思った。だが、違う。

彼らの髪色は様々な色が混ざり合い、結果、黒となっているから分かりづらいのだ。その中には薄っすらと赤がある。

もしあの夕焼けがなければ、二人が紅華の血を引いていることはわからなかっただろう。


それに今代の王は原因不明の不継承。

預かり知らぬところで、王族の血を引いた何者かがいるとは考えていた。

しかし―――それがまさかアリスだというのか? 

ヘリックは疑惑の目を、男に向けた。


「それで、お前の目的は―――」

「さっきも言ったはずだ、戦争を回避したい」


もしアリスが本当に無縫の継承者だというのなら、それは蒼種と紅華の全面戦争を意味する。

そもそも混血は自然には生まれてこない。人工授精によって誕生する命だ。


つまり―――蒼種は紅華の王族をさらってそれを混血を生むための道具として扱った。

戦争になるのもうなずける。


「俺はあの無縫の娘を暗殺し、戦争を回避したい」

「なぜ、私に話す?」

「あそこは兵が多い。暗殺は失敗するだろう。だから協力者が要る。この話はたとえお前でなくとも持ちかけていた」


危ない賭けだな、とヘリックは独りごちる。もしこれがウィルだったら目の前の男は死んでいただろう。


「それでどうする? 協力するのか? こちらは戦争を回避したい。そしてお前にとって―――いや、紅華にとっても悪い話じゃないはずだ」


もしも、無縫の加護を正常に継承することができるのなら、紅華は権威を取り戻せる。

紅華がこの世界の頂点に君臨してこれたのは無縫のおかげと言っても過言ではない。しかし今はそれも失墜した。

弱体化した今、もしアリスの存在が公になり、紅華の世論が蒼種との戦争を望んだとしても負け戦となるのは必然。


ヘリックがやるべきことは決まっていた。

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