第18話 映る星の輝き
抑制薬は完成され、アエの両親の悲願は達成された。
だが、弟のアプスは?
アプスはいつもアエが実験体になるのを反対していた。
それはアエと普通に遊んで、笑っていたかったからだ。
だが、アエはそれを何一つ叶えることはなかった。
アエはいつもなにかが足りないと思っていた。満ち足りることがなかった。抑制薬を完成させたあの日も。
アダンとアリスを見て、気づいた。
家族だ。アエはずっと普通の家族を欲していた。
アプスもそうだったはずだ。
「結局、ここにいても君たちは死を待つだけだ。ヘンリクスも僕も、止める力はない。もう逃げよう」
「どこに?」
「僕の友人の―――トゥデのところに行く」
アダンは知らない名前に疑問符を浮かべた。
「トゥデは科学者でね。僕と同じで、異族の忌避の抑制について研究してる。トゥデはかなり初期の頃から僕の研究を手伝ってくれる、信頼できるやつさ」
「アエは、いいのか?」
「何が?」
アエは身体を起こした。
「アエは異族の忌避を世界から消すためにここまで来た。でもここから逃げてしまえば、それは夢半ばで終わる」
「僕にとって、異族の忌避を消し去るのはあくまで手段―――いや両親の願いだったからだ。僕の本当の願いは―――家族だ」
少し風が強くなり、アエの白衣がなびいた。
「アプスで満たしてあげることができなかった温もりに、僕は飢えている」
つまりはね、とアエは言った。
「―――僕はもう一度家族というものをやり直したいんだ」
まっすぐと、アダンを見つめられた。そのまっすぐさにアダンは―――
―――ガサッと。
そのとき、森の方からくさきが揺れる音がした。
「ん? 動物かな?」
アエは憶測を口にするが、違うとアダンはすぐに否定に入った。
アダンは腰を下げ、構えた。
「おい、誰だ?」
アダンは音のしたほうに声をかけた。その声は明らかに警戒している。
「あ、アダン?」
―――そこに人がいる、と。
アエもそう確信した。
アダンの勘は鋭く、信用できる。それはこの数週間の共同生活の中で分かっていた。
アエは不審者に対抗できる物を取りに、すぐに屋根から降りた。
そのとき―――
なにかが破裂する音が鳴った。キーンと耳鳴りがする。
その音には覚えがある。銃声だ。
アエは音の源を見る。そこには銃を掲げる男が一人。
男は銃を屋根の上の方へと向けていた。その先には―――
銃弾によって射抜かれたアダンが。
アダンはわずかに反応したおかげか、急所は外れている。だが、腹部を撃たれた。
痛みに崩れたアダンは力なく、屋根から落下した。
「―――っ、」
「アダン!」
うつ伏せの格好で地面に激突する。
アダンは痛みに悶ながらもなんとか起き上がろうとする。小屋のそばに置いてある木箱に縋りながら。
「ハッ―――、グっ!」
しかし踏ん張りがきかないのか、木箱に体重を預けるようにして背をつける。
立つこともままならない。
男は銃を片手に、アダンに近づく。
「待っ―――!」
手を伸ばすアエ―――
だが、男はアダンの額に銃口を向け、容赦なく引き金を引いた。
つんざくような、乾いた音。
アダンの頭はその衝撃によって、大きく後ろへ仰け反った。血潮が弧を描く。
その光景にアエは理解が追いつかなかった。
アダンは天を仰ぎ、口はあんぐりさせている。ピクリとも動きはしない。
そしてその瞳はただ―――綺麗な星空を映すだけだった。
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