第17話 夜と星

男はアエにそろりと銃を向けた。


―――死。

アエはたしかにそう思った。

家族は殺され、その理由もわからずに死ぬ。

理不尽だと、響かぬ心でそう言った。


撃鉄が落ちる。火花が刹那輝く。

―――しかし、その銃弾はアエの足元の床を撃ち抜いていた。


アエは、はっとした。

目の前で銃を発砲した男は、何者かに襲撃を受け、横殴りにされていた。

その男は黒い外套を纏い、顔を覆い隠している。

後に分かることだが、このときアエを救ったのはウィルだ。


ウィルは男が起き上がる前にアエを抱えて、その場を脱した。


「ま、待ってくれ! まだ、まだみんながあそこに―――」


そう言い、アエはウィルの腕の中で抵抗した。が、突然意識を失ったのだった。




「っていうか私、あのときウィルに気絶させられたんだよね。逃げづらいからって・・・ホントひどいよね」


アエはアダンに笑いかけた。


「アエが俺たちに拘るのは・・・いやなんでも無い」


アダンとアリス、家族というものに拘る理由。


「少し、外に行こうか」


アエとアダンは外に出た。

外は少し肌寒い。だが不愉快なほどではない。今日一日中稼働していたアダンの頭を冷やしてくれる。


「本当は連れ去る混血は誰でも良かったんだ」


バベルの地でのことだろう。


「でも、家族を守るアダンを見て、助けなくちゃって思った。僕は自分が受けた悲しみを他人にも味あわせよう、なんて思うほど・・・意地は悪くない」


アエは空を見上げる。


「星が綺麗だ」


アダンも釣られて見る。それは無数の点。アダンにとって綺麗とかそういう感想は湧いてこなかった。


「別に綺麗じゃないとか思ってる? 風情がないな~、ちょっとそこまで登ろう。分かるかも知れないよ」


アエは小屋の裏手にあるはしごを屋根に立て掛け、登っていく。

アダンはそれを下から見ていた。


「もしかして・・・下着とか覗こうとしてる?」

「そんなわけあるか。それよりも、どうしてウィルはアエを助けたんだ? それに、なんでその場にウィルがいるんだ?」

「ま、こっちまで来なよ」


アダンは仕方がなく、はしごを登ることにした。ギシギシと音が響く。

屋根まで到着したアダンはアエのとなりで胡座をかき、空を仰ぎ見た。


「ウィルは王の命令で僕を助けたんだ」

「王?」


紅華の王。

それは二つに分類することができる。

無縫を持つ王と持たざる王だ。

持つ王は無縫を権威に執政するが、持たざる王は次代の無縫を持つ王が育つまでの中継ぎに過ぎない。

そして今代の王は、無縫の加護の継承者―――ということになっている。


その王がアエの救出を企てた。

それはなぜか? 

それをアエはアダンに聞かせるのだった。




アエはベッドの上で眠っていた。

そのベッドが随分と高価なものだということは、生活に無頓着なアエでもすぐに分かった。そして寝心地も上等そのもので、今までの人生の中で一番熟睡できたと言ってもいい。


なんて―――呑気なことだろう。家族を皆殺しにされたというのにこの体たらく。


「なんで・・・・・・僕だけ」


理由がわからない。家族が殺された理由が。そして何故自分だけが生き残ったのかも。


理由はのちに知った。

国が極秘裏にアエの一家の暗殺を命じたのだ。

アエの両親が異族の忌避の抑制に関する論文を学会に発表したことが発端だった。蒼種は選民思想の強い国だ。また、そうなるように教育もされている。そんな国としては選民の名誉を傷つけかねない論文は国の危険分子となる。

だから両親と弟は殺されたのだ。



アエは目覚めたあと、ベッド隣の小さな机の上に一枚の紙が置いてあることに気づいた。


『まずは謝罪させていただきます。あなたのご家族をお救いすること叶わず、申し訳ありません。こちらが早急に手を打っていればと思うばかりです。

 さて、私があなたを救出したのは他でもありません。この世から異族の忌避を消し去るためです。

 あなたのご両親のことは紅華にまで届いていました。

 "異族の忌避の起源とその抑制"。非常に興味深い論文でした。

ですが諜報活動の中で、その一家の暗殺が密かに検討されていることを知りました。

私はあなたのご両親とその家族を救出し、我が国で異族の忌避の抑制に尽力していただこうと考えていました。ですが、それも今となっては叶いません。

しかし、あなたは類まれなる才能をお持ちと聞きしました。そしてその両親からさまざまな教えを受けているでしょう。

 もしよろしければ、あなたの力を貸していただけないでしょうか。返答は机に置かれている白紙の紙をお使いください。

力を貸してくださるのなら、紙を二つ折りに、そうでない場合は三つ折りにしてください。

そしてそれを扉の隙間から滑らせてください。


ヘンリクス』


ヘンリクスという名前は聞いたことがあった。今代の紅華の王だ。


アエの返事はもう決まっていた。疑問に思うことは多々あるが、気にしている暇はない。疑問は実際に会って聞けばいい。


それから一年―――アエは抑制薬を完成させた。

そして初めて紅華の王と対面した。


アエはなぜこの世から異族の忌避を消したいと思うのか、それを問うた。

すると、紅華の王、ヘンリクスはあっけらかんと言い放った。


―――"隣国の女王の写真に一目惚れをしたからだ"、と。


ヘンリクスは隣国の女王と仲良くなりたい、そしてあわよくば婚約もしたいと考えていた。しかし異族の忌避があってはそれも叶わない。それが動機だった。


アエはあまりに浅はかだと面食らった。しかし動機は異なるが、目的は同じだ。

アエはヘンリクスに従い、抑制薬の研究に励んだ。


だが、ヘンリクスの臣下もそう考えているわけではない。特にヘリック。彼は抑制薬に対して反対的だった。そして彼同様の意見のほうが多数だ。

それにヘンリクスは継承されるはずの加護を継承できていなかった。


ヘンリクスの立場は弱かった。

政治は思うようにできず、むしろ臣下たちの意見のほうが優位であった。


―――そしてそれは純血を生存させるために、混血を駒として使うときもそうだった。


ヘンリクスは混血を道具として扱うことに異議を申し立てた。だが、これはあっけなく封殺された。

そこでヘンリクスは最低条件としてこの計画にウィルとアエを加えさせた。


アエは言わずもがな、ウィルは王家直属の者だ。王の命令に背かない。

二人の参加には多くの反対あったが、ヘンリクスの采配だろう。何かと多くの制約がついたが、まかり通した。

ヘンリクスは二人を使い、異族の忌避の消去の糸口となる、混血との接触を図ったのだった。


「これが、僕がここにいる理由さ。ここにいられるのはあくまで君たち混血から反カヌス因子を抽出するという名目があるからこそなんだ」

「―――だけど本当は抑制薬の効果向上のため、か」

「そういうこと」


アダンは少しほっとする。


「じゃあ、アエは今まで純血のための研究をしてるふりをしてたのか?」

「いや、そっちも一応やっていた。だって仕組みが全く謎だからね。いづれ混血にも現れるかも知れない。だから抑制薬の研究と並行してやっていた」


けどね、とアエは目を細める。


「カヌス因子はどんな薬を使っても死滅させることはできない。もうじき他の科学者もこの結論に行き着くはずだ」


アダンは首を傾げた。


「それじゃあ、純血種は―――」

「最悪の場合、地球上から姿を消す。そして混血だけが残る。僕たちは旧人類なのさ。混血は様々な種との交配で得た免疫系がある。どちらが生き残るかは明白だったのさ」


その場で仰向けに寝転ぶアエ。遠く、空を見つめる。


「僕たちがどうこうしなくても混血が普通に生きられる世界は来る。でもそれはもっと、何百年も先の話だ。君とアリスはその普通を享受することができない」


アダンは下を向き、思う。

その時代に生まれていればどうなっていただろうか、と。


「だから、ここから逃げよう」

「え?」


アダンはアエの方を向いた。


「もう疲れたんだ。今はただ、君たちが幸せならそれで良くなってきちゃった」

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