第13話 慣れない自由
ここでの朝は何度目だろう?
アダンは目覚めてすぐにそう思った。
となりに体を向けると、アリスが目をパチリと開けてこちらを見つめている。
「おはよう」
アダンは体を起こしてそう言った。アリスはそれにうなずいてみせる。
アダンは最近悩んでいた。
それは自分の中に"明日"という概念が生まれたことだ。
今までは明日という見当を付けずに生きてきた。蒼種の国ではいつ殺されてもおかしくなかったからだ。
今日という日を脇目もふらず、必死に生き続ける。
その結果、いつの間にか次の日を迎え、そしてその日も明日のことなど考える暇もなく過ごす。この循環であった。
しかしながらここに来てからというものの、一時的ではあるが、平穏な生活を享受している。それによって明日という展望が見えるようになった。
だが、アダンはまだ順応し切れていない。明日のことを考えると頭が一杯になってしまうのだ。
反対にアリスはこの環境に適応しているようだった。
最近は、アエから文字の読み書きを習っている。
アリスの日々の努力のおかげだろう、ちょっとした会話もできるようになっていた。
今まで喋られなかった分を取り戻すかのように文字を書き続けている。
だが一方、アダンはまだ読み書きが少ししかできていない。単純に覚えが悪いからだ。
アリスは朝起きてすぐ、紙と下敷きの木板を手にし、そこに文字を書く。
アダンは早く文字でアリスと会話したい。
しかし、文字自体を
何分間もそうしている内にそれはふと始まった。
独白―――
"俺は何処から来たのか? 何者か? 何処へ行くのか?" と。
アダンのもう一つの悩み。
それは自分との対話が増えたことだった。
全く、自由の恩恵とも言うべきなのか。
答えのない問をどうやら哲学というらしい。
アダンはつい暇になると、考える。
ずっとずっと―――果てもなく、
要は、アダンは自由の過剰摂取に心病んでいた。
昔は自由が羨ましく思えたが、今では全くそうは思わない。
「おはよう」
アエは小屋へと入り、朝の挨拶をする。
顔は不機嫌―――ではない。しかし、その声はどこか硬いように感じた。
「ちょっと研究室まで来て」
アエはそのまま去っていった。アエの様子がおかしい。
それはたしかに伝わった。
二人は顔を見合わせ、足早に研究室へと入る。
研究室は最近、大掃除をしたため、数人入れる余裕ができていた。
アエは椅子に座り、両膝に肘を付けて前かがみの姿勢を取っている。
その前には椅子が二つある。座れということだろう。
アダンとアリスは席についた。
「混血の研究の過程で、君たち個人の血液についても色々調べた。そうしたら、君たち二人に紅華の血が混ざっていることが分かった」
「紅華の血が?」
「まあちょっとした外交問題になるけどね、この事実は。でもそう深刻ではないよ。人をさらって、混血を生み出すのは蒼種の労働力補填の常套手段だ。ただ―――問題はここからだ」
アエは背筋を伸ばす。
アダンとアリスも釣られて背筋が伸びるのを感じた。
「紅華の血と―――更に紅華の王族の血も混ざっていることが分かった」
紅華の王族。
それはアダンも何度か聞いたことがあるが、その実態はよく分かっていない。
「アエ、結論から話してくれ。俺にはその―――紅華の王族の血が混ざっていることの重大さがよくわからない」
「わかった、それじゃあ―――」
アエは一呼吸置いて―――
「もしこれがバレたら、アリスは紅華から命を狙われる」
アダンは理解不能に陥る。
―――なにを言ってるんだ?
「アリス、私たちに隠していることがあるでしょ?」
アエはアリスを見つめる。
その目つきは敵対するものではないが何処か鋭い刃物のように感じさせる。
アリスは萎縮する。
それから守るよう、アダンは立ち上がる。
「隠し事ってどういうことだ? どうしてアリスの命が紅華に狙われるんだ」
「バベルの地のときのことを思い出してほしい。アダンは後ろから斬られそうになっていたよね?」
そう、確か蒼種の監視員の首を折ったあと、後ろから奇襲されかけたのだ。
「ああそうだったな・・・確か不自然に止まったんだ、アイツの手は・・・」
「それだけ?」
「? ああ、それだけだ」
「僕はあのとき、アリスを抱えていた。だからかな、少し変なものが見えたんだ」
「?」
「紅い霧のようなものが見えた。しかもそれはアリスの手のひらから出ていた」
「アリスから?」
アダンは後ろにいるアリスに目を向けた。
「僕はその正体を知っている。あのときはまだ確信できなかったけど、王族の血を引いているというのなら納得できる。アリス、打ち明けてくれないかい?」
アリスはアダンを横を通り抜けて、アエの前へと一歩踏み出した。
アダンはその光景をただじっと見ていた。
アリスはなにをしようとしているんだ、と。
「ありがとう、アリス。勇気の一歩だ」
「・・・・・・」
アエはアリスの頭を撫でた。
嬉しそうにはにかんだあと、アリスは自らの手のひらを胸まで持ち上げる。
「―――、」
すると、手のひらの上に紅い粒子が光り輝きながら、ある一点へ収束する。
収束は止まり、それは少しづつ膨張を始める。
そして膨張も終わり、アリスの手のひらには重さのある何かへと変化していた。
「これは―――」
「コップか」
ただ見たままを記述しよう。
―――アリスの手からコップが現れた。
そのコップはよく見てみると、アエがいつも使っているものと寸分違わない。
アダンはその現象に驚きを隠せず、そのコップを見つめるばかりだ。
「それは無縫の加護というものだ、アリス」
アダンはその初めて聞く単語に首を傾げた。
「それは人類唯一の奇跡。またの名を―――万物の模倣を呼ぶ」
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