第12話 本当の理由

あれから数週間が経った。

アダンとウィルの傷は滞りなく完治し、今も変わりなく過ごしていた。

ウィルはあの五本勝負のときから全く反省していないのか、飽きずもせずアダンに勝負を仕掛けていた。

さすがにアエはそれを看過しなかった。単純に治療するのが面倒だからだろう。

今後のアダンとウィルの勝負は、アエとアリスの立ち会いのもとでしか行わないことを締結させたのだった。


アダンとアリスは、アエから定期的に血液の提供、及び身体検査をされた。

他にも様々な検査が行われたが、苦痛なことは何一つ無かった。

検査には長時間拘束される日もある。だがすぐに終わることが大半で、そのあとはわりかし暇になっていた。


護衛の紅華の兵士からは、やはり連行するのは一人だけで良かったのではないかと再び声が上がったが、ウィルはそれを却下した。

兵士からは不満があったが、ウィルに逆らうことができないのか、素直に引き下がった。


アエはアダンとアリスから採取した血液などを調べ上げ、研究をしていた。研究が捗ることもあれば、まったく進展がないときもあるようで―――

後者のときのアエの機嫌はすこぶる悪かった。

そのときのアエはずっと黙って、話しかけても返事をくれないのだ。しかも眉間にはシワが寄っており、まるで相手のほうに非があるかのような錯覚を振りまいていた。

アエが不機嫌なときはそっとしておくのが肝要であった。

だからアダンとアリスは、まず朝のアエの様子を見て不機嫌でないかどうかを確認する。それが日課になっていた。


ヘリックはあれ以降、殆ど見なくなった。

―――――――――


「私たちが君たち混血を連れ出した理由をこれから話す。手短にしか話さないからよく聞くように」


何故それを話す気になったのか、アダンは疑問を口に出そうとするが早く、ヘリックが本題に入った。


「我々が混血を必要とする理由はたった一つ―――純血を存続させるためだ」


その結論からではアダンたちを連れ去った理由はもちろん理解することはできない。ヘリックはそのまま続けた。


「この数世紀で純血種にある異変が起こっている。それは老衰死の増加とその早さだ」

「老衰死?」

「老衰死とは年老いて死ぬことだ。人類はこの数世紀で老いやすい体になり、その老衰死までの時も年々減少している。このままでは人類はこの地表から姿を消すことになるだろう」


老衰死、というのはアダンにあまり馴染みがなかった。

アダンにとっての死とは、外因死だ。それしか知らないし、天寿を全うした者を見たことがない。


「原因は最近判明した。"それ"は私たちの細胞にあった。名称はカヌス因子。カヌス因子は我々の細胞にある。生まれた頃から。研究者たちは遺伝の可能性が高いと見解を示している」

「それはどういう悪さをするんだ」

「我々の細胞を徐々に蝕み、生命活動を緩やかに破壊する。死んだ者の細胞はカヌス因子で埋め尽くされていたらしい」

「だったら早い段階でそれを取り除けば良いんじゃないのか?」

「ふっ、話はそう単純じゃない」


アダンはその嘲笑う態度を見て癪に障った。


「カヌス因子がどうやって細胞を破壊しているのかはもう解析できている。それに対抗する薬も完成し、幾人かに投与している。だが、カヌス因子は自分を中和、排除しようとするものを吸収する。そしてそれを糧にするようにして、それまで緩やかだった増殖を急激に早め―――やがて死に至らしめる。他にも様々な実験が行われたが、どれも失敗だった」


八方塞がりであった。匙を投げる研究者もいたらしい。


「だがそんなとき―――あることが判明した。君たち混血にはカヌス因子が無いことに」


そこでようやくアダンとヘリックは目が合った。ヘリックはそれまでアダンの目を見ずに話していたからだ。


「混血の血にはカヌス因子を死滅させる作用がある。もちろんそのまま投与して良いわけではない。異族の血というのは毒だからな。だから君たちが持っている反カヌス因子を抽出して我々に投与できるまで無毒化する。その研究のために君たちが必要だった」


アダンは理解した。

要は、アダンとアリスは純血を後世に遺すための駒だということを。

だからもし純血からカヌス因子が無くなれば、アダンとアリスは用済み―――もとい、処分ということになる。


「説明は以上だ」


そのまま背を向けるヘリック。しかし、アダンには一つ疑問があった。


「待ってくれ、一つだけ質問がある」


ヘリックは振り向かないが、その場で立ち止まる。


「混血が必要な理由は分かった。だが、なんでわざわざ蒼種から俺たちを引っ張り出したんだ? 紅華にも混血は・・・・・・」


言いながら気づく。アダンは紅華のことを知らない。世界各地に混血がいるのではないかと思っていたが、今冷静に考えてみると、実際にそれを確認したことはない。


ヘリックはそんなアダンの考えを読み取ったのか、答えを示す。


「気づいたかも知れないが、紅華には現時点で混血はいない。便宜上はな」


便宜上という言葉に引っかかるアダンではあったが、気にしないことにした。


「混血を公に取り扱っているのは、今のところ蒼種と翠梢すいしょうだ。我々紅華は奴隷解放宣言を出した手前、混血を自国から調達して利用するというのは中々手間がかかる。だから混血奴隷の終着点―――バベルの地の廃棄予定の、君たちのような存在が必要だった」


ヘリックはアダンの理解を置き去りに歩き出す。


「各国の事情を知る必要はない。説明するのも面倒だ」


そしてそのまま去っていく。


アダンはふと思い出す。

バベルの地から脱走するときのことを。

アエは命の保証はできないと言っていた。

確かに、最終的に用済みになるのであれば、保証などしようもない。


アダンは道具として扱われていることに対しては不満を覚えるが、理不尽な死に対しては怒りを覚えなかった。

なぜならあのとき、アエは続けざまに言ったのだ。


―――"誰だって死ぬ"、と。


当たり前過ぎる真理。そこに反発感を覚えたとて、無意味なのだ。

だからアダンは今をただ生きるしかないのだ。死ぬために。


そのさきが地獄でも。

アリスがいる限り。


歩みを止めることは一切、許されることはないのだ。


それが不幸か幸福かは自分で決めるとしよう。

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