第11話 異族の忌避

「本当に随分と無茶をするものだね、君たち・・・」


アエは、ウィルとアダンの傷を治療しながらそう言った。

アダンには、アエが呆れているのか、はたまた感心しているのか、一瞬わからなかったが、なんとなく前者だろうと思った。


ウィルが決死の思いで異族の忌避を抑えた後、アダンはすぐにアエを呼んだ。

そして今。

二人は研究室で、アエから治療を施されていた。


ウィルは急所を外していた。その上で、自分が異族の忌避によってアダンを殺してしまわないよう、絶妙な点を狙ってナイフを突き立てていたのだ。


ウィルは今、意識を失っている。

アダンはその横顔を眺めた。


―――"アダン、オレはお前の強さを認める"。


それはアダンにとって、異族からの初めての承認。

何度も頭の中で反芻させていた。

結局あれはどういう意味だったんだろう? と疑問があった。

が、たしかに言えることがある。

嫌なものではない、と。


「ここに来てから―――いろんな色の奴らと普通に触れ合えてたから忘れてた。この世界に異族の忌避があること」


アダンは今も治療してくれているアエに声を掛けた。


「本当に忘れてたんだ。最初からそうだったんじゃないのかって思うくらい」

「人類の歴史は、異族の忌避による闘争の歴史さ。とにかく根が深い。異族の忌避によって、異なる純血は互いを嫌悪する。でも、混血はどの種族にも所属しない。だからこそ全ての種族から嫌悪―――いや憎悪される」


混血が今もこうして虐げられている理由の一つ。

それは憎悪の度合いが深いことだ。

純血の異族同士の嫌悪とは比べ物にならない。


「今こうして抑制薬によって普通に話せるのは大きな一歩とも言えるね。全く、異族の忌避の存在を忘れるくらい良かったなんて、ホント開発者冥利に尽きるなあ」


アエは消毒液を染み込ませた脱脂綿で、アダンの頬の傷を突つく。


「開発者? 抑制薬はアエが作ったのか?」


アダンは傷口に染みる痛みを我慢する。


「うん。あれは僕が開発したものだよ。まあ考案したのは僕の両親なんだけどね。それをできるだけ副作用なく、一般人でも使えるようにしたものを僕が作ったってわけ」

「そうなのか・・・」


アダンはふと、疑問に思うことがあった。


「そういえば、抑制薬の効果時間は四時間なんだよな?」

「そうだね。まだ、四時間さ」


アエは自嘲気味に付け加えた。


「でもアエは俺たちとずっと普通に話してる。効果時間はとっくに切れてるはずだ。おかしくないか?」

「ああ、確かに最もな疑問だね。それは、私が子供の頃から訓練―――というかホルモン剤を投与されていたからだね」

「?」

「抑制薬の正体。あれ実はホルモン剤でね。男性には女性ホルモン。女性には男性ホルモンを投与する」

「ホルモン剤って?」

「まずここで言うホルモン剤には二つあってね。男性ホルモンと女性ホルモンがある。男性ホルモンはその人を男らしくするもので、女性ホルモンはその人を女らしくするものなの」


アダンはウンウンとうなずく。


「異族の忌避というのは身体的、性的に不安定になると、その効果が抑制されることが分かってるんだ」

「・・・不安定が条件ということは、混血も不安定だから異族の忌避がないのか?」

「おっ、鋭いね。そのとおりさ。混血というのはいわば異なる血の集合体。遺伝子的には不安定な状態なのさ。混血は異族の忌避から解放された唯一の種族とも言えるね、それで話を戻すけど―――」


アエは純血である自分に何故異族の忌避が発現しないのか、という説明に戻る。


「僕は幼少期から男性ホルモンを投与し続けてるから異族の忌避が効かなくなってるんだ」

「子供の頃から?」


つらそうだな、とアダンは根拠もなく思った。


「本当なら僕のようにうまくは行かない。でも僕の心はもともと中性でね。男女どっち付かずで適正があったのさ。だから異族の忌避が効かないんだ。多分純血唯一の存在だと思う。たとえ体をごまかすことができても、心をごまかすことはできなからね」


アエはその場で一回転する。

アダンは今までのアエの身振り手振りを思い出す。

確かに男らしさと女らしさが同居する場面はいくつかあった。


「確かに純血でそれは難しそうだ」

「それにホルモン剤の投与には大きな副作用が伴う。異族の忌避の抑制よりも先に死ぬ可能性が高い。でも、それでも私はこの世から異族の忌避を消したい。どんなに年月がかかっても。絶対に」

「どうしてだ?」

「それは―――君たちを知ったからだ」

「俺と、アリス?」

「うん。僕は君たちをバベルの地から連れ去るときに決めてた。アダン、君が妹のアリスを救いたいと言ったからだ」


アダンは何故そうなるのかを考えるが、見当もつかない。


「僕には弟がいたんだけど、殺されたんだ」

「・・・誰に?」

「蒼種さ。くだらない選民思想によって殺された。僕の弟はいつも僕のことを気にかけてくれててさ・・・。優しい子だった」


アエはまるでそれを思い浮かべるように遠くを見つめる。


「僕みたいに失ってほしくないんだ、家族を。だからまずは異族の忌避をこの世から消し去る。君たちに降りかかる不幸はそれのせいだから」


本当にそうだろうか、とアダンは思った。

この数日間でアダンは濃密な経験をした。

それによって得た一つの結論としては、人間は元来争いを好むということ。


アダンはアエが作ろうとしている理想郷に疑問を抱いていた。

しかしどうしても考えてしまう。


その世界で幸せそうにするアリスの姿を。

喉を潰されず、普通に喋って意思疎通を取るのが当たり前の、そんな世界。


「アエ、異族の忌避を消し去るために―――協力するよ」


アダンはそんな理想郷に一縷の望みをかけることにした。

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