第10話 家族
「擁護するのか? 混血は人ではないさ」
嘲るヘリック。
その目からは笑いの感情など含まれていない。
「アダンはあのとき―――バベルの地をあとにした馬車の中で確かに言った。"混血としてではなく、人間として"、と。私はその思いに応える」
アエはヘリックをただ見詰める。
「はっ、まさか彼らに、純血の寿命が低下していることを明かすつもりか? 告げる必要は無いと思うが」
「言ったとしても何も支障ないはずだ。私は彼らに、一人の人間として最低限のことを知ってほしいだけだ」
「確かに我々には何も支障ない。君が告げるものには、彼らになんの有益性もない」
「だったら―――」
アエはまくしたてるように言うが、
「しかし君は取り扱いを間違っている。混血は道具であって、人ではない。奴隷解放宣言を出したのは奴隷をあくまで利用したかったからさ。それに私が本来の目的を教えないのはこちらに利益も不利益もないからだ。道具というのはこちらに利益を生むからこそ、初めてその存在が許される」
アエはその発言に、怒りのあまり歯ぎしりした。
「なにより我々の沽券に関わる。君の言う、"一人の人間として真実を知ってほしい"、これは人に対する行為で、道具に対するものではない。そんな間違いは許してはいけない。これからの未来のために」
「その未来が危ぶまれているからこそ、今混血が必要なんじゃないか!?」
アエは声を荒げ、机を叩いた。
アエにはヘリックの理論を到底理解できない。
「ああ、いま人類が直面している問題は深刻だ。だからこうして不本意ながらに混血の手を借りなくてはいけない。が、それは一時的にだ。問題が解決すればすぐに処分する」
アエとヘリックははじめから分かっている。
何処まで行っても平行線だということを。
片や人。
片や道具。
対象を見る目はあまりにも違う。
ヘリックは言いたいことを言い終えたのか、外のアダンとウィルの勝負の行く末を観戦することにした。
アエも一度冷静になるためにそれを見守る。
アダンの動きは良くなっている。
"この短時間でよくあそこまでの成長を"、とさすがのヘリックでも感服した。
だが、アダンの動きにはやはり恐怖というものを感じさせない。
何処かネジが外れてしまったような、その
「(やはりあれを人間として見ることはできなさそうだ・・・)」
感服と同時、ヘリックはアダンの処遇について少し頭を悩ませる。
ウィルは余興のつもりで勝負を仕掛けたのだろうが、あれは不用意に成長を続けている。
このままではこちらの驚異になることは間違いない。
若い芽を摘むが如く、早急に処分すれば手間もかからないだろう。
「(幸いこちらにはもう一人いる。一人減ったとしても何も問題はない)」
眠っているアリスの顔を一瞥し、不穏な考えを巡らせる。
「君が混血を憎むのは家族を殺されたからかい?」
ヘリックは何故それを? と訝しげな視線をアエに送る。
が、思い当たる節はあった。
「ウィルか」
「ああ。聞いたときはあまり気にしていなかったが、今思い出したよ」
「私怨を持ち込むな、とでも言いたいのかい?」
「いいや、そこに関しては分かるんだよ。僕も蒼種に家族を皆殺しにされた。だから蒼種を見ると、どうしてもあの憎しみを思い出してしまう」
「フッ、君だって同じ蒼種じゃないか」
「そうさ、僕も蒼種だ。でも―――だからといって、自分自身を憎むことなんて道理にはならない。憎いのは家族を殺したあいつだ」
アエの瞳には憤怒の炎が灯る。
「種族で一括りにするのは―――やっぱり違う。私はあいつが憎いだけであって、蒼種そのものが憎いわけじゃない。君の家族を殺したのが混血だとしても、それはあの子達じゃない。あの子達は関係がない」
「どうやら勘違いしているようだ。私は復讐心で動いていない」
「ああ、そこはわからない。他人のこころなんてわからない。だけどこれだけは確かに言える。アダンはアリスのために戦い続けている。唯一の肉親を守るためにアダンはずっと頑張っている」
アエは窓を開ける。アダンの姿が見えすいように。
「家族を殺された僕たちなら分かるはずだ。失った悲しみを」
ヘリックは眉一つ動かさない。
なにを思っているのかは定かではないが、話は聞いているのだろう。
「アダンは失わないように必死だ。それは今までの彼を見れば一目瞭然だ。いつもアリスのために行動している。家族のために無償の愛を注いでる。それは・・・それはまさしく人なんじゃないのか?」
ヘリックはそれを聞いてゆっくりと目を閉じた。
アダンが行動するのはいつもアリスのためだった。
確かにそれだけだった。
本当にそれだけ。
それだけで幸せだったことをヘリックは知っているはずだ。
家族のぬくもりを覚えているはずだ。
外のアダンとウィルの勝負は、苛烈さが増す。
ヘリックはいよいよ佳境なのだろうと思った。
アダンの腹にナイフが刺さる瞬間、アエはぎょっとするが、そのまま見届けることにした。
「なるほど」
ヘリックはそれをしっかりと見届け、アエへと向き直った。
「話していいのはこちらの目的だけだ。それ以外は許さない」
ヘリックはアエの返事を聞かずにそのまま研究所を出る。そして、馬にまたがり何処かへと行った。
去り際の一言。
平行線は、いづれ交わるときが来るのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます