第9話 化け物

アダンとウィルが外で五本勝負を繰り広げている一方、アエとヘリックは研究室からその光景を眺めていた。


「彼は嘘かまことかを正確に判別できる。こんな事は本当にありえるのか? 君の考えを聞きたい」


ヘリックはさきのアダンとのやり取りをアエに説明したのち、そう言った。


「長期間の付き合いで培った観察眼で嘘を見抜く、というのは可能だと思う。ただこれは特定の相手に対してだけ。君のような初対面の相手にはまず発揮されない」

「では彼の能力を一体どうやって説明する?」

「人知を超えたなにか、あるいは混血にしか発現しない異能かも知れないね」


ヘリックは眉をひそめる。


「そんなあやふやなことがあってたまるものか。君は一応科学者だ。なにか論理的なもので説明してほしい」

「この世のすべてを論理的に説明できたら苦労はしない。異族の忌避や無縫むほうの加護がいい例だろう? もし神様がいたら聞いてみたいよ」

「異族の忌避―――強欲の代償・・・か。バベルの塔を以て神の領域へ踏み入ろうとした報い。しかしこれはあくまでお伽噺だ。まさか本当に神が存在して、"色別"を仕組み、人間の細胞に異族の忌避を組み込んだわけではないだろう? 何かもっと生物学的な側面があるのではないか?」


ヘリックはアエに対し、語気を強めて言う。

ここでいう"色別"とは、色によって種族が明確化されたことを指す。


「君は僕たちよりもずっと科学者だな。だが、論理一辺倒ではいづれ狂ってしまう。歴史が証明しているじゃないか」


過去の偉大な科学者・研究者は世界の成り立ちに納得できず、自殺したものがいる。

最大の理由は、美しくないから。


まるで人の手によって、世界の法則が捻じ曲げられたような形跡に嫌悪を感じずにはいられなかったのか。

論理を感じない、美学がない。理由は様々だが、その誰もが起きている事象に納得していなかったのは確かだった。


「私はただ納得できる裏付けが欲しいだけだ」

「それが毒だと言っているんだよ。アダンに嘘を見抜かれるのはそんなに嫌かい? まあ君のような腹黒には辛い相手だね。常に得物をちらつかせているようなものだし」


アエはお気の毒さまと思うが、それよりもその腹黒さを直すのが先だろうと心のなかで思った。


「・・・・・・私は彼が苦手だ。彼の目はヘンリクス王のそれと似ている。私はあの、こちらの深淵を覗き込まれるような感覚はもう御免被りたいと思っていたが、まさかここでもそれに悩まされるとは・・・運命とはまさにこういうことなのか」


ヘリックはよほど参っているのだろうか、らしくもなくそんな童話的メルヘンなことを言う。


ヘリックは窓から見えるアダンとウィルの勝負へと視線を移した。

なにやら真剣な面持ちに変わるのをアエは見逃さない。


「そんな顔でどうしたんだい?」

「いや、彼のことで分かったことがあるんだ」

「?」

「彼には自分を守るという動作がまるで無いんだ。推測の域を出ないのだが、彼には限界―――いや、恐怖がないのか・・・」


アエも釣られて、アダンの動きをよく観察してみることにする。

アエにはその動きにウィルよりも無駄が多いなという感想しか抱けないが、ヘリックはそうではないらしい。


「普通、人というのは自分の安全な範囲に絞って全力を発揮するものだ。本能的に痛みを伴う行為は避けるからな。だが彼はそれを考慮していない。ただ相手を仕留めることだけに専念している」


では強いのか? と言う話になるがそうではない。


「諸刃の剣だな。刹那的な強さは"強い"とは言えない。"脆い"と表現するのが妥当だ。私には彼が死に急いでいるようにしか見えない。まあ、ウィルにはもっと違って映るだろうが・・・」


アエにはその真意を推し量ることはできない。

勝負の世界はアエには論外だからだ。専門でないなら口は出せない。


「しかし、彼はあのままで良いのか?」


ヘリックは誰に対してか、そう疑問をつぶやいた。


「どういうことだい?」

「彼は妹を守るために今まで無茶をしてきている。ならば生きて守り通すことが必然だ。だがあの死に急ぎよう、すぐに死ぬ。そうなれば、妹はたった一人残される」

「それはつまり、アダンはアリスのことを守る気がないと言いたいのかい?」

「まあ現時点では、そう言わざるを得ない」


だが、アダンに相対するウィルもまた矛盾を極めて強くなった者だ。アダンにもその可能性が潜んでいるかも知れない。


「ややもすると、アエ。君はとんでもない化け物を引き当てたのかもしれない。まさか連れてきた混血がかようにタガの外れていたこととは。全く、ことの巡りは本当に分からない」


ヘリックは薄く笑う。


「彼は化け物じゃない。私達となんら変わらない、人だ」


二人の間にある価値観の相違。

それはその場の雰囲気を一変させるほどだった。

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