第7話 五本勝負②

「起きたか。結構早かったじゃねえか」


アダンは体を起こす。どうやら気絶していたようだ。


「どのくらい寝てた?」

「ほんの一瞬、十秒くらいだ」


十秒。確かにそのとおりなのだろう。

それを証明するように、気絶する前の景色と今の景色にはほとんど変化がない。


アダンは遅れて顎の痛みに気づく。


「(そうだ、殴られて気絶したのか―――)」


二本目。これもウィルの勝利だった。

ウィルの拳はアダンの顎に綺麗に入り、意識をかすめ取ったのだ。


アダンはようやく認識した。

こいつには届きそうにない、と。


「なあ、なんで五本勝負なんて持ちかけてきたんだ?」


アダンは純粋な疑問を述べる。


「お前の強みはなんだ?」


質問に対し質問で返されてしまった。

当て外れの返事が来たが、一応真剣に考えて見ることにする。


「さっきお前が言ってた。力だ」

「あ? それだけかよ? 他には」

「・・・・・・」

「ッ、いちいち教えないとわからないとか、お前は何歳だよ」


そう言いながら、ウィルは胸のポケットに入っていた棒状のものを口に咥える。

おそらくタバコというやつだろう。咥えたまま着火剤で火を灯す。


「単純な力もそうだが、はやさも売りだお前は。いくら力の強いやつでも、とろいヤツはとろい。力と捷さの両立は難しいんだ」


ウィルはタバコの煙を吹かす。


「鋭く、局地的に衝撃を絞ることで初めて捷さが生まれてくる。これは修行しないと会得できないもんなんだが、お前は運が良い。骨格、それに筋肉の比率、柔軟性。これらの相性がうまく合致したんだろうな。まさに天賦の才だ」


アダンはまさにその時初めて自分のことを理解した。

ただの奴隷として生きていた頃にそんなことを把握する暇なんて無かったからだ。


「それで、なんで五本勝負をしたのかって質問に戻るわけだが―――単純にもったいないと思ったからだ」

「もったいない?」

「ここまで戦って分かったが、お前には能がない。恵まれた素質を持ちながら、それを活かす実力を持ち合わせてねえ。いくらか教えればマシにはなるが、なにかが欠落している。噛み合うべき歯車がどっかに行っちまってる。もったいねぇ」


ウィルはタバコの煙をくゆらせる。


「それは克服できるものじゃないのか? 経験していけば誰だって上達するはずだ」

「違う、もっと根本的な意識の問題だ。お前は継続的に強くなることはできない。何処かで限界を感じる。なぜなら、そこに技と工夫がないからだ」


技と工夫。それをこの二本の勝負でアダンは味わった。


「力で劣るオレがお前に勝つための方法。それは技と工夫だ。オレには二十年以上の経験で培ったそれで今、お前を圧倒している。オレは所謂いわゆる殺し屋の家系でな。国の癌を抹殺する王族直属の一家だった。からまぁ、とにかく厳しく教育された」


ウィルは懐かしんでいるのか、その視線はどこか何処か遠い。


「オレの家では、“これ”ができて初めて一人前だと認められる。それは――――――百の武器を扱い、百の悪しき死体の上に立つことだ。オレは百の武器による経験と、積み上がった百の悪しき死体をして、お前とこうして戦っている」


アダンはそれを聞いてすんなり納得した。

ここまで全力を尽くしても、勝てる展望が全く見えないのはそういうことかと。

つまり、アダンとウィルでは経験値があまりにも違いすぎるのだ。


そして、何より――――――

無駄がない。

戦闘中の動きはもちろん、意識にも。


ウィルは強くなるために、なにかを継ぎ足すということはしない。

削ぎ落とすのだ。

無駄を省いて省いて、そこに残った芯のある、本当に強いものだけで戦う。

それは、ウィルが戦いにおいて不確定を好まないからだ。

本当に信頼できる方法で決着をつける。

それを何度も何度も磨き上げ、いつしかそれは“神業”とまで呼ばれるようになった。


そして、ウィルは不確定の例として嫌うのが―――戦闘の膠着である。

戦闘時間が長引けば長引くほど、みすみす相手に好機を与えてしまう。

だからこそ使えるもの全てを使い、最短で終局へといざなう。


しかし、ここで矛盾が生じる。

“信頼できる方法のみ”で戦うことと、最短で終わらせるために“使えるもの全てを使う”こと。

この二つは相反する。


矛盾は弱さを生む――――――

が、ウィルはこの二つの中庸ちゅうようを得た。


そこへ至るために幾星霜の犠牲、試行があり、これこそがまさに今、アダンの目の前に迫る強さの正体なのだ。


経験の壁。

それは、アダンにはまだまだ厚い。


「まだやるか?」

「ああ、もちろんだ」


アダンはさすがに一本くらいは取りたかった。

ウィルから硬貨を投げ渡される。

お前が開始の合図を決めろ、ということが伝わる。

もはやウィルにとって、アダンはそこまで脅威ではないという意思の現れなのだろう。


アダンはもう我慢ならなかった。

顔はヒリヒリ痛むし、体もところどころ痛む。それに気絶から目覚めたばかりだから少しふらつく。


この苛立ちを早くウィルにぶつけないと、どうにかなってしまいそうだった。


「(だから考えろ。あいつは技と工夫がないと言った。そして使えるものは全て使えと―――!)」


アダンは硬貨を上空へと投げる。

硬貨が地面に落ちたその時―――


アダンは木刀をウィルの方へと思い切り投げる。

ウィルは難なく躱すが、目の前にはすでにアダンが迫っていた。


「―――!」


アダンはウィルに掴みかかろうとする。

しかし、ウィルはアダンの猛攻を流れるようにいなす。

力では敵わないからこそ、ウィルはまともに打ち合わないのだ。


アダンの追撃を避けるため、ウィルは一旦アダンから距離を取ろうとする。

―――が、そのとき、鈍い光を放つなにかがアダンの手から発射された。


ウィルは顔に迫り来るそれを本能的に振り払う。


「(さっきの硬貨―――! あのとき拾ったのか)」


アダンはその隙にウィルに迫っていた。

ウィルはアダンの攻撃を避けようとするが、胸ぐらを掴まれてしまう。


「―――、」


もうこれ以上逃げることはできない、そう判断したウィルは体の意識を切り変える。


アダンは思い切り腕を振るおうとしている。


ウィルは冷静に、自分の体をアダンの懐に潜り込ませるように低くする。

胸ぐらをつかむ腕を軽く捻り、そのまま脇の下をくぐり抜けた。


そして、逆にアダンの胸ぐらを掴み、自分の足をアダンの反対の足を組み入れ――――――

大きく、きれいな円を描いてアダンを回転させ、地面へと投げつけた。

アダンは背中から地面に衝突する。


砂が舞い上がる。


「(流石に駄目だったか・・・)」


仰向けになったアダンは肩で息をする。


「ふっ、分かってきたな。だがまあ、最後のはいただけなかったな。ああいう時こそ焦って単調になっちまうもんだ」


残る二本。

アダンはこの短時間で、着々と成長していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る