第6話 五本勝負①

アリスは研究室で眠っていた。

朝は元気そうだったが、まだまだ本調子ではない。

今のアリスには、本来与えられた部屋に敷かれている藁布団はまだ辛いだろう。

そう考えたアエはこうして自分のベッドをアリスに譲っているのだった。


穏やかな時間が流れる研究室。

それとは反対に外では苛烈な戦闘が繰り広げられていた―――。


アダンとウィルの五本勝負。

その一本目。

それは端的に言うと―――カッコ悪かった。


アダンは初め、自分が優勢だと思った。

ウィルを追い詰め、さあここだ、と思ったとき――――――

世界が迫り来ていた。


数秒置いて、アダンは自分の状況を把握した。

地面にうつ伏せに倒れているのだ。それも無様に木刀を頭上に高く構えながら。


「まずは一本」


倒れたアダンの後頭部をぽんと叩いて、ウィルはそう言った。

アダンはすぐに立ち上がる。すると、鼻から血が出てきた。

地面に激突したからだろう。


「よし、次いくぞ」


ウィルは気にせず、始めの位置まで歩く。

さっさと、やろうぜと言わんばかりだ。

アダンはその短い間になにをされたのかを冷静に振り返った。


初撃はアダンからだった。

ウィルへと一気に距離を縮め、一閃。

単純な攻撃であったが、それは紫電の如く―――

だが、ウィルはこれを最適かつ最小限の動作で躱した。


アダンは、防戦一方のウィルに、幾度も斬撃を繰り出した。

だが、そのどれもが避けられた。

そんな中、ウィルは体勢を崩した。だが、これはこちらを油断させる罠だったのだろう。


――――――今だ、とアダンは息巻いた。


決着の一歩。

アダンは大きく踏み出した。

そのとき、アダンは“なにか”に躓いた。否、躓いたと言うより、足場が抜けるような感覚を味わった。

アダンは不理解とともに、身体からだの均衡を一瞬、失う。


――――――さあ、とどめだ。

ウィルの顔はそう、せせら笑っているようだった。

アダンの一瞬のすきをそう安々とは見逃してはくれなかった。


ウィルはアダンが大きく踏み出したその足を蹴り飛ばしてみせる。

アダンは自重を支える一本の足を一時的に失った。

たかが一本、されど一本だ。


そのときの一振りのために全体重を預けていた足。

一瞬たりでも失おうものならスッ転ぶだけだ。


結局、アダンは防御姿勢もロクに取れないまま、顔面から転ばされた。


アダンは敗因となった、躓いたその“なにか”を解明すべく、くだんの位置を確認する。

するとそこには―――――――――


「穴?」


そこにはだいたい大人の足の大きさくらいの穴があった。

その穴は、草の葉や木の枝に隠れており、実際に踏んでみないことにはそこに穴があったという事実は、果たして認識できないだろう。


「おい、ウィル! これはなんだ!?」


アダンはまさか―――という疑問を抑えきれず、ウィルに問いただした。


「ああ、事前にちょっと仕込んどいた」

「な――――――、ひ」

「卑怯、か?」

「―――ああ、卑怯だ。これは勝負なんだろ?」

「だれが実力勝負だと言った? えぇ? あとな、別にそれに頼らなくてもオレはお前に勝てた。分かるだろ?」


それはアダンもなんとなく理解していた。

ウィルの動きは素人目に見ても完成されすぎている。


「オレは勝つための最短経路を辿った。もちろん手段は選ばない。これが勝負っつうもんだ。」


この一戦でウィルが強いということは十分にわかった。

だったらなぜ? と思う部分がアダンにはあった。


「あの馬車のときのことだ。何故あのとき俺はお前に勝つことができたんだ? その強さなら俺には負けなかったはずだ」

「はっ、お子ちゃまが」


ウィルはアダンをバカにするように、そう吐きつける。


「戦いにおける強さはそう単純じゃない。範疇はんちゅうがある。あのとき、オレの敗因は二つあった。一つはお前を混血だという理由で舐めていたこと。そして二つは、密室だったからだ。密室の戦闘はより早く、より力が強いヤツが勝つ。オレは力の強さではお前に圧倒的に劣る。もしお前が怪力だということを知っていたのならオレは一目散に逃げ、場を変えていた」

「その場っていうのが、まさにこんなところか」


アダンは周りを見渡す。

木々が生い茂り、足場はところどころ不安定だ。


「ここでなら、単純な力で勝負を制することはできない。その結果が今のお前だ」


ウィルはアダンを指差し、容赦なく糾弾する。


「これが真剣勝負だと思え、なんて言うつもりはない。暗示で強くなれるのなら誰だってやる。だが、オレはそんな強い暗示をできる奴を一人しか知らない」


ウィルは始めの位置につく。


「強くなるには工夫をするしか無い。手段をいとうな。近道を探せ」


そして持っていた硬貨を親指で弾く。

これが地に落ちたときが戦闘開始の合図だ。


糸口ヒントは与えた。―――さあ、二本目だ」

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