第5話 嘘

安心の眠りから一転―――

目覚めは衝撃だった。


「―――、!」


アダンは何事かと思い、自分の胸に居座るその何かを見る。

そこには―――


「アリス・・・!」


アダンに飛びついたのであろうアリスがいた。

バベルの塔にいたころよりも顔色がよい。

飛びついてきたのも納得できるほど、なんとも元気が良さそうなのはひと目で分かった。


「やあ、おはようアダン」


遅れてアエがやって来る。アダンとアリス、兄妹の温かい再会を見守る顔はどこか優しい。


だが、


「アダン、もしかしてアリスは・・・・・・」


アエの声は躊躇いがちに言う。


「ああ、アリスはしゃべれない。収容所にいた頃、奴らに喉を潰された」

「・・・・・・」


アエの表情からは、どんな感情が渦巻いているのかは定かではない。

だがアダンには、なんとなく分かった。


「ありがとう。アリスのこと」

「・・・どういたしまして」


アエは恥じらうようにそっぽを向く。


「それよりもっ、朝食だ。君たちは慢性的な栄養不足だからね。ここで遅れた分を取り戻してもらうよ」


アエは台と食料をアダンたちの小屋の中へと運び入れる。


「アエもここで食べるのか?」

「ああ、別に嫌だったらいいよ」


アエはそう言って立ち上がるが―――

ギュッと、アリスがアエの白衣の裾を掴む。


「誤解だ。俺はてっきりアエは研究所で食べるのかと思っただけだ。一緒に食べれるのなら俺もアリスもそうしたい」


アエはフッと笑い、床に腰を下ろす。


「あぁ~もうかわいいなあ、アリスちゃんは。よしよし」


アエは引き止めたアリスを人形のように抱き込んで、頭をなでる。

下を向いていて表情は分かりづらいが、アリスはうれしそうだ。


朝食を食べ終え、それから研究室でアエが昨日言っていたように採血を受けた。

アリスはまだ体調が安定していないため、今回はアダンだけらしい。


採血を終えたアダンは外に出る。そこには関わりたくないやつがいた。

アダンは無視して行こうとするが―――


「やぁ、おはよう。挨拶はちゃんとしたほうがいいよ」

「・・・はあ」


薄い笑いを浮かべたヘリックに捕まり、アダンは面倒くさそうな顔をするが、ここは仕方がなかった。


「ちなみにどこへ行くつもりだったんだ?」

「昨日説明された行動範囲は超えない。外の空気を吸いたかっただけだ」

「だったらもう目的は達成されたな。ちょっと、話でもしようか」

「(話したくないな・・・)」


アダンはそう口に出したくなるのを内に思い留める。


「昨日はアエからどんな話を?」

「知ってどうする?」

「下らん嘘だな」

「ふむ、やはり君は嘘を看破できるな。それも正確に。・・・ということは“あれ”もバレていそうだな」


“あれ”、というのは昨日の盗聴のことを指しているのだろう。


「一体、どういうカラクリなんだい?」

「さあ、自分でも分からん。ただ、なんとなくそんな気配を感じるんだ。これ以上は説明できんが―――お前は少し面白いな」

「?」

「お前からは常に嘘の気配がする。喋っていなくてもだ。まるで存在そのものが嘘みたいだ」

「―――――――――なるほど」


ヘリックはそれまで切り株に座っていたが、立ち上がり、アダンに対し正面を切る。


「今後、私から嘘を感じてもいちいち口に出すな」

「それは命令か?」

「ああ、そうだな。もし守らなかった場合――――――」


ヘリックはわざとらしく考える素振りをする。


「君の妹を殺してみせよう。これは、嘘かい?」


アダンはヘリックを睨め付けるが、


「わかった。俺もいちいち真実をひけらかすようなガキじゃない。ただ―――悪意にはそれ相応の報いを受けてもらう。忘れるなよ」

「ああ、それじゃ」


ヘリックはそのまま去っていく。

本当に聞いていたのか、と疑問に思う返答であったが、引き止めるのもしらけるような気がして、アダンはそれを止めた。


ヘリックはどうやらアエの研究所に寄るらしい。


アダンは、やっとくつろげると脱力しかけるが―――


ヒュッ―――と、微かになにかが空を切る音をアダンは聞き逃さなかった。

そのほうをちらりと向くと、それはこちらに高速で近づいてくる―――


アダンは寸でのところでそれを躱す。そして、それはやがて延長線上にある樹に刺さる。


「危ないな。こんな物、人に投げつけるものじゃない」


アダンは樹に刺さっているナイフを視界の端に捉えながら、数メートル先の樹の陰に隠れている者へと声をかける。


「音? 耳が良いのか? いや、目もいい、それとも勘・・・?」


声をかけられた本人はそう呑気につぶやきながら登場する。そしてそのままアダンのもとに近づいて来た。


「それにしてもずいぶん難儀な要求をされたなぁ、お疲れ様だ」

「はあ、そうだな。俺はあいつが苦手だし、お前のことは嫌いだ」


ウィルはさっきのヘリックとの会話を盗み聞いていたのだろう。

そして腹の立つことに、ウィルはさきの奇襲を全く悪びれていない。

アダンは掘り返すのも面倒だと思い、そのまま話を続けることにした。


「あいつもお前のことをかなり嫌っているようだな。ヘリックにしては珍しいぞ」

「それで命を落としてしまうのは笑えんけどな」


アダンはついため息を付く。


ウィルはいきなり、持っていた木刀をぽいと、アダンに投げ渡す。

アダンは今度はなんのつもりだと、ウィルを睨む。


「五本勝負だ。その内、一本でも取れたらお前の勝ち。今回は特別に木刀を使っていい。オレは素手で十分だ」


ウィルは唐突にそう言い出した。アダンにはなにが何やら、理解が追いつかない。

アダンはなぜいきなり勝負? と尋ねようとする。


が、悲しいかな。


「相手を気絶、もしくは地面にひれ伏した方の勝ちでいいか?」


ウィルはすでに距離をとって、いつでも始められますよと言わんばかりに構えている。


どうやら勝負やるしかないようだ。

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